傑作。
とにかく誘拐ものの手に汗握るサスペンス、過去と現在の事件が交錯するトリックの謎解き、法廷もののスリルなど、ミステリという分野が持っている要素をぎゅうぎゅうに詰め込んでひとつの物語に仕上げてしまった手腕に脱帽です。
また社會派的な側面もあり、事件の舞台となった大阪の描写がこれまた素晴らしいのです。何となく風合いが島田莊司の吉敷ものに似ているなあ、と感じます。冤罪や警察機構への批判といった部分を据えながらも、ミステリとしての娯樂部分を決しておろそかにしないという志が、かつての社會派推理小説とは大きく違うところですねえ。
また探偵の森江春策、誘拐された根塚樹里、ラウンディングナイツの阿月と魅力的なキャラクタが過不足なく配置されていて、前半の誘拐サスペンスと後半の法廷での謎解きへと至る展開を盛り上げます。何か優等生的に素晴らしくよく出來たミステリで缺点が見當たらないのですよ。しかしその一方で突出した部分がないかなあ、とも感じます。自分などはこれだけの要素をたっぷり詰め込んだミステリを讀ませてもらえればそれだけで大滿足なんですけど、人によっては逆にすべての要素が薄味で重厚さが足りないと感じることもあるかもしれませんねえ。
それでも前半の誘拐から身代金の受け渡しの部分は當によく錬られているし、その後の過去の事件の部分はやや失速するものの、連続殺人事件の容疑者が浮上してきた時點で、アリバイ崩しに挑んでいく警察の推理も面白く、飽きさせることなく最後まで一氣に讀んでしまいました。
探偵の森江春策がまた人が良くて、有栖川有栖の火村のようなアクが強いキャラではないのが良い。更にはマスコット犬の金獅子がゴールデンリトリバーというのも良い(「逃避行」のところでも書いたんですけど、うちにも一匹ゴールデンがいるんで……)。
こりゃあ、殺人喜劇とか、昔の作者の作品にも手をつけてみないといけませんねえ。
誘拐の方も読まれたんですね。僕が読んだのは結構前でしたが、taipeimonochromeさんのレビューを読んで大分思い出しました(笑)
芦辺作品はどれもネタ盛りだくさんで、もしかしたら1点突破で狙いを絞れば凄い傑作になるのかもしれないと思うのですが、思いついたネタは全部入れないと気がすまない作家さんなんでしょうね。
森江春作は、新本格系の探偵役のなかではかなり好きな部類に入ります。新聞記者の来崎もいいキャラクターですよね。
take_14さん、こんにちは。
今回この二册を讀んで、芦辺拓、ファンになってしまいましたよ。
こういう何でもかんでもテンコ盛りという作風は節操がないとか感じる人もいると思うんですよ。でも、自分は大好きですねえ。また普通だったらたくさん人を殺して間を持たせるところを、過去の事件の結びつけてそれが最後には繋がって、……というような物語の運び方も良いです。「密室」もツボでしたけど、個人的な好みでは、この「誘拐」の方が前半のサスペンスがあるぶん、好きですかね。
今日また本屋に行って過去の作品を買い溜めしてきます。