柔ちゃん探偵シリーズ第二弾。第一弾となる「ルームシェア」は堅実なトリックと、キメラの片割れである千澤女史のライフワークともいえる「アレ系」を封印した着想で盤石な仕掛けを凝らした佳作でありましたが、本作ではそうした仕掛けの部分よりも、逆説を凝らした狂気の構図や、併置された二つの謎をいかにして連関させるかといった結構に趣向の見られる一冊に仕上がっています。
物語はまたまたヒョンなことから、とあるバス爆破事件の真相を調べることになった柔ちゃんが事件に巻き込まれて、――という話。本作では、ヒロインが調査を進めていくバス爆破事件のほか、都市伝説めいた小学生の幽霊とそれにまつわる連続殺人事件の謎とが平行して描かれていきます。
とはいえ、後者の幽霊のほうについては、とあるボーイが姉にあてた手紙で一方的に語りを進めていくという構成で、バス爆破事件の扱いに比較すると、あくまでこちらは添え物といったかんじながら、本格讀みとしてはやはりこの二つの事件が最後にはどう繋がっていくのか、というところをイヤでも期待してしまいます。
このあたりの仕掛けについては、最後に明らかにされる真相から鑑みれば二つの謎の連関はやや緩めといえば緩めながら、個人的にはこの手紙の中で再三再四語られながらも、物語の展開の中では決して「語られることのない」ある人物の扱い方に惹かれました。
登場人物の相関という点では、バス爆破事件の当事者ではないものの、こちらのパートにもしっかり都市伝説モノの連続殺人事件の被害者が登場します。しかし本作の場合、こうした人物の連関そのものというよりは、爆破事件の狂気ともいえる逆説によって二つの事件が奇妙な繋がりを見せるという見せ方が面白い。
正直、バス爆破事件の犯人の動機はブッ飛びすぎていて、常人にはマッタク理解出来ないというハジけたものながら、案外、この狂気は現代社会のリアルにも通底するものが感じられ、前作以上に社会派の視点からハードボイルドの風格を際立たせた本作の雰囲気には合致しているようにも感じられます。
ヒロインは調査の過程でこの真犯人と急接近するのですが、犯人はとあるトリックを用いてマンマとその窮地を脱してみせるというシーンがあるものの、この状況を最後の最後まで気取らせないというつくりと、事件の被害者の相関から絞り込んでいったのではマッタク真犯人に辿り着けないという展開が重なっている結構もいい。
今回は、シオンにも通じる痛キャラである姪っ子の登場が少ないゆえ、前作のようなハジけたシーンは少なく、全編、ダークなトーンで覆われているところは、前作の風格を予想していた自分としてはかなり意外、でありました。
ただ、千澤女史も述べているとおり、本作では「愛する者を失った悲しみ」という主題があり、フツーの本格であれば冗長に流れてしまうであろうヒロインの聞き込み部分も不思議とイヤにならないのは、調査の目的と手法が、事件の手掛かりを追いかけているというよりは、当事者の慟哭に耳を傾けるというベクトルを向いているからでありまして、このあたりも本作のハードボイルド的風格をより際立たせている所以かな、と感じた次第。
姪っ子の話が出たので、もうひとつ言及しておくと、前作では「キィエエエエイイイィィィ!」「チックショウオオオォォォォォッ!」「グャオオオオィィィイイイイイ!」とニヤニヤ笑いがとまらないシーンが後半にシッカリと用意してあったのですけれど、今回は重いテーマとのギャップを考慮してか、そうした見せ場はナシ。
それと前作では「全体的な風貌は、野球選手と結婚した有名な女性柔道選手に似ていなくもない」と、遠回しどころかハッキリ「見た目は柔ちゃんだよー」と述べていた部分についても、本作ではあまりヒロインの外観について詳述した描写はありません。
とはいえ、女性らしいリアリズムはチャンと添えられていて、
疲れの他にも、彼女の気持ちをくじくものがあった。予想外の重い生理痛だ。下腹部がズキズキ痛む。できれば、一日中、家で寝ていたかった。
というようなディテールに千澤女史ならではの風格が感じられます。
前作に比べれば非常に地味に感じられるものの、トリックよりも逆説的な動機や事件の構図を際立たせた風格は、逆に社会派ハードボイルドの外観を持たせた本作の雰囲気とマッチしているような気がします。というわけで、前作と同様、本作もなかなかに愉しめました。次作では柔ちゃんと馬田の二人の関係がもう少し前進することと、姪っ子の再登場と大活躍を期待したいと思います。