第十六回ホラー小説大賞受賞作。収録作は、南国で甲虫の死体に誘われるように奈落へと落ちた男の変容を魔術的な筆致で描いた「化身」、年上女への淡い憧れを王道怪談の技法で綴った優霊物語「雷魚」、インコの予言に己の人生を狂わされる男の地獄行をネチっこく盛り上げていく構成が見事な「幸せという名のインコ」の全三編。
表題作である「化身は」、選評で高橋氏が「大傑作」「なんという傑作と対峙しているのだろう」なんてコーフンしまくっている一編で、あーもうやってらんねエ、なんてかんじで南国旅行へと洒落た男がトンデモないことになって、――という話。後の「インコ」もそうなのですが、この作者は時間の経過とともに変容していく「もの」の描写が秀逸で、本作でも奈落へと落ちた男の内心を淡々と描き出していくのですけど、フと気がつくとその淡々とした流れの中に少しずつ変化が生まれていき、……というあたりがライヒの音楽を彷彿とさせ、個人的には非常にツボでした。
この作品の場合は、壯絶なオチやどんでん返しを期待するような作風ではなく、上にも述べた通り、老獪巧みな筆致によって描かれた変容「そのもの」を堪能するのが吉、でしょう。同様のことは「幸せという名のインコ」にもいえて、こちらは非日常を描き出した「奈落」とは真逆を行き、日常の中で少しづつ、少しづつ、身の回りのものが狂っていくというお話でありまして、ホラーではいうなれば定番ものでにしてかなり既視感を伴う展開ながら、ここでも魔の象徴として描かれるインコの存在やそれが及ぼす怖さよりも、主人公が次第次第に狂っていく、というか狂わさせていくプロセスそのものをじっくりネッチリと味わうべきでしょう。
予言を行うインコは魔の象徴なのか、そして予言というのも実際はインコの呪力なのか、と思わせておいて実は、……というあたりのフックはこれまた多分に既視感がありまくりながら、不思議とそうしたところも嫌にならないのは、ひとえにこの変容の過程を描き出す技巧が秀逸だからでありまして、何をやっても弱くてグダグダだった男があることにのめり込んでいくに従って性格が変わっていくことを自覚しながらも制御できないという、自身が怪物に変容していく恐怖をあえて恐怖として描かずに淡々と流していくところが素晴らしい。
「雷魚」は「化身」や「幸せという名のインコ」とはやや趣を異にする優霊物語とでもいうべき一編で、年上の謎女に惹かれる少年の淡い恋心に、雷魚という象徴を絡めてささやかな成長を描き出した一編です。女の正体などは首の傷やその雰囲気から十分に察せられるし、そうした驚きによって読者を怖がらせるという風格ではありません。本作の場合は怖さよりも、そうした異界と現世との距離を雷魚という象徴によって連関させようとした構図の巧みさに惹かれます。
派手さはないし、彈ける個性というものも希薄ながら、この淡々とした筆致にのせてモノの変容を巧みに描き出す手腕は半端ではありません。アマゾンで作者のインタビューを見ることができるのですが、芥川龍之介ラブと語っているのを聞いて納得至極。ホラーというよりは、「雷魚」のような美しい怪談をものする資質から、洋モノの、――デ・ラ・メアみたいな雰囲気の怪奇幻想路線によってその潜在能力を発揮できるような気がしました。上質な怪奇幻想、怪談物語をご所望の方にオススメしたいと思います。