「不可能犯罪」をテーマにしながら、寧ろ「不可能犯罪」であることを前提とした事件の構図に異様な動機や巧みな「ずらし」を用いた作品がテンコモリで、このあたりに競作者たちの個性を見るのも一興、という一冊です。
収録作は、ストレートな雪密室に少ない登場人物を配して意想外な犯人を明らかにする推理が秀逸な大山誠一郎「佳也子の屋根に雪ふりつむ」、過去の自殺事件にヒロインの妊娠ネタも絡めてキワモノ風味のスパイスを絶妙に効かせた岸田るり子「父親はだれ?」、衆人環視の殺人に能の世界ならではの歪んだ構図の見せ方が上質な餘韻を残す鏑木蓮「花はこころ」。
小粒トリックながら作者らしいバカミスネタと生臭い動機とのコンボが何ともいえない門前典之「天空からの死者」、世間の価値観からはずれたイヤっぽい倫理観を物語のベースにブラックな事件の眞相を解き明かしていく豪腕ロジックが光る、石持浅海「ドロッピング・ゲーム」、加賀美雅之「『首吊り判事』邸の奇妙な犯罪」の全七編。
この競作のラインナップで一番愉しみだったのが岸田女史の一編でありまして、長編ではあれだけのキワモノ風味で魅せてくれる女史のこと、短編ではいったいどんなエグい話でキワモノマニアの心を鷲・拙みにしてくれるのか、と期待半分不安半分だったのですけれど、これは大當たり。物語は、マウスの解剖も平気のヘイサというヒロインが妊娠をキッカケに、学生時代に自殺した友人の幽靈を幻視する。で、もしかしたらあれって自殺じゃなかったのカモ、と思い立ち、ヒロインは過去の事件を再び調べてみることにするのだが……という話。
本作の場合、このヒロインの旦那というのが元先生で、彼女も自殺した娘も彼の教え子だったという設定がミソ。自殺ということでアッサリ片付いていた過去の事件を「不可能犯罪」という視点から眺めてみることで、まったく違った絵図が現れる、――というのは期待通りの展開ながら、本作ではここにあからさまな誤導をシッカリと絡めているところが素晴らしい。探偵が誤った推理の果てに辿り着いたある地点から事件の真相が一気に繙かれていくのですけど、このミスリードの着地点が轉換してヒロインの現在の境遇を皮肉なものへと追いやってしまうというキワモノ的な幕引きも見事です。
「佳也子の屋根に雪ふりつむ」は例によって降り積もった雪に残された足跡という定番の謎を中心に、ヒロインが巻き込まれることになったコロシの真相が解き明かされていくという展開で、足跡のトリックを構築するためのさりげない伏線の張り方に關心至極。
足跡という「痕跡」に着目させて、足跡をつけるための方法に読者の目線を引きつけながら、その実、そこで使われたトリックは泡坂氏のアレとかでもお馴染みなアレだったりするという「トリック」そのものを誤導させる技法とは対照的に、探偵が指摘した意想外な真犯人とその犯行方法を繋げていく推理はやや強引。しかし寧ろ本格の結構にこだわる末に生じたこの軋みこそが本作の持ち味なのカモしれません。
「ドロッピング・ゲーム」は、例によってパラレルワールドというか何というか、もう一つの日本とでもいうべき物語世界の歪みをミステリの趣向へと昇華させた逸品で、本作もまた飛び降り自殺を「不可能犯罪」という定型へと当てはめることで、ハウダニットの異様さが際立ってくるという風格が素晴らしい。小学校を卒業する時には人生が決まってしまうというこの国のかたちも異様であれば、おマセに過ぎるガキんちょを醒めた目で見つめている狂言回しのガイジンさんもやはりヘン。
犯人もヘンなら探偵もヘンという石持ワールドならではの登場人物を配して、明らかに自死としか思えない飛び降り自殺の真相は、自殺とも他殺ともいえない歪んだ場所へと着地し、後日談的に語られるブラックなオチが何ともいえないイヤーな余韻を残します。もっともこのイヤさというのは、この物語の舞台がもうひとつの日本であり、その国の姿がまた自分たちが感じているイヤなリアルを肥大化させたものであることが強く感じられるゆえでもあるわけで、その意味ではこの作品をガイジンさんが読んだらどのような感想を持たれるのか、興味のあるところです。
「天空からの死者」はトリックのネタとしては非常にあからさまで、これまた自殺を装った転落死を扱った一編ながら、岸田女史や石持氏のように「不可能犯罪」という定型に当てはめることでその趣向が際立ってくるというような新味はなく、ある意味非常にストレート。いかにも自殺っぽい死に方ながら、パラシュートを背負っていたりという違和感ありありな死に様ではどう考えたって皆が皆他殺であると考えるのは必定ながら、犯人はそうした推理の流れも見越して罠を仕掛けているところがいい。
しかし、そうした犯人の苦労と奸計の巧みさとは裏腹に、動機がいかにも生臭いものであるところが何ともいえません。その死に様をイメージすればやはりバカミス、というか、このトリックにこの動機というところから何となく霞氏の風格をイメージしてしまいました。
個人的には岸田女史と石持氏の二編が一押しで、岸田女史の作品に関していえば、「全然不可能犯罪じゃねージャン」なんて読者からのボヤキが聞こえてきそうな気がするものの、これは石持氏の作品と同様、寧ろ「不可能犯罪」という様式を意識しながら読むからこそ、真相開示によって明らかにされる構図の異様さが際立ってくるともいえるわけで、不可能犯罪の様態を二転三転させるためのフックとして使われている遺書の仕掛けなど、作者の細やかな手さばきを堪能したいとところです。
転落死、飛び降り自殺といった事件の様態が三つ並んでいるという偶然から、それぞれの作者が同じ素材をどうやって「不可能犯罪」というかたちへと仕上げてみせたのか、――という「競作」の趣向も愉しめる一冊で、「不可能犯罪」というテーマからは、どうしてもトリックそのものに目がいってしまうものの、寧ろ事件に添えられた物理トリックよりも、「不可能犯罪」という様式を利用した「ずらし」や、推理によって明らかにされる異様な動機などの見せ方にうまさが光る作品が多く、「後ろ向きの本格」ファンのみならず、現代本格の読者も十分に愉しめる一冊だと思います。