ジャケ帯に曰く「本好き・本屋好き必読」とあるのですけど、むしろ「本好き・本屋好き、そして何よりも書店員大好きの方必読」としておいた方が、書店員様方も腕まくりをしながら「癒やされ過ぎてもう死にそう!」「癒しの本屋へようこそ! welcame to IYASHIDO Book centar!(ママ)」みたいなハジけたコメントを手書き文字で添えたポップもつくって、販促を大展開してくれたのではないか、――なんて考えてしまうのですけど、書店員が活躍してささやかな「日常の謎」を解き明かす本シリーズは、その口当たりも軽く、あっという間に讀了してしまいました。
収録作は、爺の譫言を書き記した「いいよんさんわん」という言葉からその意味するところの本を探し出す――という行為の裏に二重の構図を凝らした「パンダは囁く」、漫画本を讀んで失踪したお母様捜しから、事故死した息子の隠されていた心が明らかにされる傑作「標野にて 君が袖振る」、配達本から出てきた盗撮写真に罵倒文のコンボから犯人捜しを行っていく「配達あかずきん」、謎の「本ソムリエ」の正体捜しを軽く流した「六冊目のメッセージ」、販促ディスプレイに悪質な悪戯を行った犯人を見つけ出す「ディスプレイ・リプレイ」の全五編。
「日常の謎」にイマドキのスイーツ女が求めてやまない「癒やし」を添えた風格は、創元推理文庫の十八番ながら、本作が北村ミステリや加納ミステリと異なるのは、真相の開示によってそこから人間存在の深奥が滲み出てくるというような、本格ミステリの構造上、「人間を描く」過程においては必然的に表出されるある種の「重さ」がマッタク、――というのは大袈裟ながら、かなり控えめに見積もられているところでありまして、「人生とかナンとかそんなムツカシイことわかんなーい」と甘ったれた鼻声で嘯いてみせるスイーツ娘をターゲットにしたものと推察される戦略も盤石です。
「パンダは囁く」は、爺が口にした「いいよんさんわん」という「暗號」の意味を書店員が解き明かしていくという物語ながら、この一見すると「記号」にしか見えないものが実は本当にアレだったという真相には唖然というか呆れたというか、……まア、スイーツ女だったらこのあたりの真相にもビックラこいて「えー、文庫本にそんなのついてたんだー」なんて關心してしまうのでしょうけど、本マニア書店マニア書店員様ウォッチャーのみならず、ごくごくフツーの本讀みだったらこれくらい知っているんじゃないかなア、なんてかんじで苦笑してしまうのは御法度でしょう。
件の爺のつぶやきを解読したあと、その背後に隠されていた事件の構図が現れるというのは期待通りというか予想通りというか、……これがなけりゃあ、記号に見えた爺の譫言が実はアレだったという脱力の真相でハイオシマイだったら壁本になろうかというところを危うく食い留めるだけの効果こそあったものの、こうしたオチは何だか泡坂ミステリ天藤ミステリあたりにもあったような気がするし、……なんてツッコミを入れようものなら、「もー、だからオタクって嫌いなんだよねー。それよりさー、地デジカって、やっつけ仕事にしては何か可愛くない?(意味不明)」なんてスイーツ女から総スカンを食らいそうなので、これくらいにしておきます。
初っぱなの「パンダは囁く」で、記号だと思っていた爺の呟きがずばりアレだったという真相にすっかり魂を抜かれてしまったため、続く「標野にて 君が袖振る」はマッタク期待しないで讀み始めたんですけど、これだけは別格で、お母さまの失踪事件から息子の事故死の背後に隠されていたとある事実など、現在と過去を連關させる試みが秀逸です。
さらには真相開示のあとの後日談で、失踪ママに「希望」を与えて「癒やし」の幕引きを添えた結構も素晴らしく、「重さ」こそないものの、ボーイと関係したある人物の心の惑いを歌に託して見事に解き明かしてみせる探偵の推理も見事で、謎解きによって人間心理を描き出すという本格ミステリの趣向が活かされているところも好印象。
ただ、本作の頑張りもここまでで、この後に続く「配達あかずきん」では、パーマ屋に配達された雑誌ンなかにお客様の盗撮写真と罵倒文が添えられていたという、「謎」というか、「事件」にさえなっていないような気がするささやかな問題に大騒ぎをして取り組む探偵のアレっぷりには苦笑至極。
ただ、「毒殺」の限定プロセスにも通じる趣向によって、犯人がそれを雑誌に仕込ませたタイミングを探っていく推理はなかなかのものながら、しかし、そもそも「謎」自体が小粒というか、あまり魅力的なものではないゆえ、個人的には引きも弱く、確かに被害者と犯人との隠されていた関係が明らかにされるあたりにはちょっとした驚きが添えられているものの、「標野にて」のような秀逸な構図の開陳はナッシング。
「六冊目のメッセージ」にいたると、もう「犯人」はバレバレで、フツーに本屋に通っている人間にしてみれば、もうコイツしかいないだろ、というような人物が本当にソレだったところには、「パンダは囁く」と同様の腰砕けぶりが光ります。お客さんにソムリエよろしく本をおすすめさしあげていた人物は何者なのか、という「謎」が提示されるのですけども、確かに冒頭に登場する立ち読み野郎がさりげないレッドヘリングになっているのかなア、……なんて好意的な深讀みをすればできるものの、あまりに予想通りというか、推理をしなくてもそのマンマの真相というあたりには、謎の提示や謎解きを愉しむというよりは、「とにかく書店員の活躍を描きたいんダイ」という作者の隠された意図がにじみ出ているような気もします。
「ディスプレイ・リプレイ」は、販促に励む書店員様に冷や水を浴びせるかのごとく、件のディスプレイに悪戯を仕掛けた人物は誰、という物語。そこに盗作問題を交えて物語を転がしていくのですけど、確かに盗作問題に絡めた真相には「フーン」と気の抜けた声をあげてしまうものの、謎の小ささを逆手にとって、その背後に隠されたドでかい真相を開示しての「落差」を愉しむというような現代本格的な技法は皆無。本格ミステリというよりは、やはり書店員様の大活躍を描いた冒険物語としての読みの方が愉しめるような気がします。
何か本作に続く「晩夏に捧ぐ」はもっとアレでもっとイタいという噂もあったりするので、手にとってみるのをどうしても躊躇ってしまうのですけど、佐々木丸美のようにキワモノでハジけている作風でもなく、昨今のスイーツ女の知能レベルに配慮した風格ゆえ、代官山(笑)や南青山(笑)のオシャレなオープンカフェ(笑)で、ベンツやBMWの吐き出す排気ガスを胸イッパイに吸い込みながら塩スイーツ(笑)を愉しむような方にのみオススメしたい一冊といえるのではないでしょうか、……とかいいながらも、「晩夏に捧ぐ」が文庫化されればきっと讀んでしまうのかと思うと、我が頭のヌルさかげんにゲンナリしてしまうのでありました。困ったもんです。