「少年たちのおだやかな日々」に続く双葉文庫からの「日々」もの第二弾、とでもいうべきか、ミステリというよりはキワモノ風味が際立った一冊で、個人的にはかなり愉しめました。
収録作は、二流俳優にゾッコンとなったオバはんがストーキングの悦楽に開眼した暁に仕掛けた所行「取り憑く」、デクノボウへと成り果てたかつての恋人との再会がトンデモな顛末へと至る「めぐりあい」、元ヤンの教え子が自分の親族と結婚するという鬱展開からオバさんと元ヤンとの心理戦が展開される「教え子」、「預け物」、ボケ始めた父親の奇妙な振る舞いが暗い記憶を甦らせる「記憶」、オバはんたちの旅物語が黒い愚痴大会へと転じる「旅の会話」、使い捨てにされた社畜旦那のオトシマエをつけるべく松葉杖で深夜の理事長宅に怒鳴り込んでいったオバはんの策謀とは「ねじこむ」の全七編。
個人的には主人公であるオバはんとオチのギャップが素晴らしい「預け物」が一番のお気に入りだったりするのですけど、その他の作品もなかなかのもの。黒さが際立つ短編ながら、アッケラカンとした明るさも本作の大きな特徴で、同じオバはんを描いても岸田るり子女史の作品にみたいにイヤ女がネチっこく活躍する物語とはまた違った風格が明るいキワモノとして愉しめるところも素晴らしい。
「取り憑く」は、友人に誘われて二流俳優の舞台を観に行ったのが運の尽きで、凡人旦那や娘とのツマらない日常からひととき離れて件の俳優に心が傾いていくオバはんの心の綾を丁寧に描いた前半から、件のオバはんが次第にストーカーへと開眼していく後半のギャップがいい。さらに軽いストーカーになった後の、二流俳優のアレな対応から怒りが爆発したオバはんの逆襲が見物で、最後の意想外なオチにも途中、シッカリと伏線が凝らしてあったことに気がつくや思わずニンマリとしてしまう一編です。オチの決まり方では、収録作中、ピカ一だと思います。
「めぐりあい」は、学生時代の恋人と再会したオバはんが、――とここから甘酸っぱい青春時代を回顧して熱っぽい不倫劇へと傾いていくかと思いきや、この男というのがトンデモないダメ男であることが発覚。おまえがいなくちゃ俺はダメなんだよゥと駄々をこねるダメ男は次第に無理難題を口にするようになって、……と不倫をしたばかりにオバはんが追いつめられていく物語かと思いきや、ここでもグフグフとなってしまうオチで見せてくれます。
「教え子」は、オバはんが主人公とはいえ、ここではオバはんの天敵ともいえるイヤ娘を配して、オバはん対娘という対立構図から絶妙な心理戦を展開させていく結構が面白い。娘といっても、これがオバはんの元教え子で、さらには「院」にも入っていたという札付きのワル。この元ヤンが自分の甥っ子と結婚するということを知ったオバはんの心中穏やかではない様子と牙を剥いた元ヤンとの丁々発止の心理戦の結末は――。
「記憶」は、これもホラーっぽい風格で描き出すことが出来る物語ながら、ボケが始まった父親の奇妙な振る舞いを探っていくうちに、思いもがけない事実が主人公に突き付けられるというイヤっぽいオチが決まっています。
「旅の会話」は、オバはんたちでスッカリ旅行気分を楽しんでいたら、オバはんが集まれば当然旦那や娘に対する愚痴大会が開催されるのは必然で、ここでも例によって困った不倫の告白が開陳されるものの、あれよあれよという間にその不倫がトンデモない結末へと流れていって、……という序盤から始まったユルい日常がトンデモないところへと着地するというギャップがキモ。
「教え子」では元教師のオバはんと元ヤンの娘っ子の心理戦が見物だったのですけども、心理戦という点では、「ねじこむ」も相当なもの。社畜となって会社に忠誠を誓った旦那が社内の勢力争いの犠牲者となってクビになることを知った妻が、入院先の病院から抜け出して深夜の理事長宅へと怒鳴り込んでいくという展開がまず笑えます。
旦那の会社の理事長というだけの関係かと思っていたら会話の中で明らかにされる過去にのけぞりながらも讀み進めていくと、ノラリクラリと逃げ回る理事長以上に妻の弁舌が冴え渡る展開には拍手喝采。だめ押しのだめ押しとばかりに最後のオチへタイトル通りに「ねじこ」んでいった幕引きも決まっています。
「少年たちのおだやかな日々」がツボだったキワモノマニアであれば、まず文句なしに愉しめるという一冊で、オバはんを主人公に配したことでよりイヤっぽくて笑える雰囲気が五割り増しになっているところも含めて、ジメジメした黒い笑いよりも、アッケラカンとした乾いた黒さをご所望の方にもオススメしたいと思います。