素晴らしい。まさに極上の幻想譚を集めた短編集で、ジャケ帶にある「有栖川有栖の新天地!」という言葉に偽り無し、個人的には非常に堪能しました。いくつかの短編は「幽」掲載時に讀んでいたものながら、こうして「テツ」ものの一冊としてイッキ読みすると、また何ともいえない酩酊感を味わえるところも最高です。
収録作は、万博の記憶によって紡ぎ出されるノスタルジーが蠱惑の怪異を引き寄せる「夢の国行き列車」、UMA搜しが噎ぶような密林迷宮への彷徨へと轉じる「密林の奧へ」、タイトルマンマにテツが百物語を披露する「テツの百物語」、SLに乘りこんだ男が美貌の貴婦人とともに怪異を体驗する「貴婦人にハンカチを」。
冥土列車の趣向に黒いオチへと繋がる仕掛けを凝らした「黒い車掌」、海上での百物語に郷愁を交えた有栖川流幻視の情景が美しき餘韻を残す傑作「海原にて」、推理小説VSミステリーの趣向で奇天烈バーに現れた幽霊の眞相喝破を試みる「シグナルの宵」、これまた冥土列車の趣向にテツ的豆知識とユーモアを添えた軽妙さが心地よい「最果ての鉄橋」、収録作中イヤ怖いという点ではピカ一の表題作「赤い月、廃駅の上に」、女優と結婚してしまったフツー男の心情を戀情郷愁も交えた美しき怪異によって描き出す「途中下車」の全十編。
本格ミステリ作家である有栖川氏の作品を讀んでいるミステリ讀者としては色々な意味でその「新天地」の風格に驚きつつ、またその一方でその郷愁を交えた極上の物語世界と人間ドラマに、ミステリでなくともやはりこれは有栖川氏でなければ書けないであろう、と思わせる逸品を揃えた一冊でありまして、本作のキーワードはジャケ帶にもある通りにずばり「テツ」。
廃駅、SL、途中下車など、いずれも「テツ」ネタが怪異を交えた物語の土台を支えていることは指摘するまでもないのですけど、さらに着目したいのは、この「テツ」が怪異のみならず有栖川氏ならではの美しきノスタルジアの風格を喚起するトリガーとして使われていることでありまして、そうした仕掛けがもっとも活かされている傑作が「海原にて」。
物語は船上で奇談蒐集家の男がネタ本から樣々な怪談を語って聞かせるという、収録作の中では「テツの百物語」と同樣の結構ながら、ここではこのネタ本のレトロ風味が、最後に明らかにされるある眞相を隱蔽するための装置として機能しているところが秀逸です。そして「テツ怪談」の一冊の中で、唯一、テツとはもっとも遠い「海原」を舞台としながら、美しくも妖しい怪異の情景が描かれる終盤、その怪異の背後に隠されていたあることが明らかにされた刹那の郷愁、――「テツ怪談」の一冊に収録された一編だからこそ、この怪異と郷愁がより際だつという構成の妙。収録作の中では一番のお気に入りでしょうか。
また有栖川氏が書いた怪談、幻想譚という意味では、「シグナルの宵」も非常に味わい深い一編でありまして、バーでマッタリしていたところへ突然、死んだと思っていた友人がやってきて、――という話。この人物は死んだ友人の兄弟だと嘯いてみせるものの、どうにもその行動が怪しい。という譯で彼が立ち去ったあと、各がこの怪異に對して推理小説的な謎解きをしてみせるのだか……。最後の「今夜は……」という台詞もまた、本格ミステリ作家の有栖川氏が書く怪談だからこそ、スタイリッシュな言い回しが映えるというこれまた極上の一編でしょう。
収録作はいずれも怖くない怪談ながら、かといっていたずらに怪異を交えた人情噺へと流れていないところも個人的には好感度大、ながら、最後の「途中下車」だけは、女優と結婚してしまったフツーのリーマンという人物造詣が、不可解な怪異と見事な融合を成し遂げた逸品です。これも「シグナルの宵」と同樣、最後の台詞が見事。この一言によって亡き妻を思う主人公の思いが讀者の心の奧に強く刻印されるという一編で、泣ける怪談としても堪能出来る傑作です。
怪談というよりは、氏の幻視者としての手腕が発揮されているのが、「密林の奧へ」で、鯨みたいにデッカイ鳥を探しに列車に乗り込んだものの、迷宮めいた鐵路を彷徨うことになるという一編で、物語世界である異國の雰囲気とむせかえるような密林の濃密な描写、さらには途方に暮れる主人公が物語の最後の刹那に幻視する詩的な情景と、何となくディッシュ的な酩酊感を釀しだす一編で、幻想小説としても非常に上質な讀後感を堪能できる一編です。
怖くない幻想譚ばかりのなかで、表題作の「赤い月、廃駅の上に」だけは、異形がぞっとするような現れ方をする一編で、自転車で旅するボーイが廃駅でヒョンなことで知り合った男と一夜を過ごすことになるのだが、――という話。この男が語る曰くがまたこれから始まる怪異の端緒として怖さを盛り上げるための絶妙なスパイスとなっていて、廃駅とくれば異形のものたちがやってくるのも当然アレ、という譯で、最後にはこの物語の語りに凝らされたあることが明かされてジ・エンド。
いずれも「ロジックの名手」や「地雷本ソムリエ」(爆)といった従来の有栖川氏のイメージとはかなり異なり、郷愁の風格のさらに奧に隠されていた氏の幻視者としての才氣をイッパイに堪能できる怪談幻想譚の傑作集といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。