そのタイトルの投げやり脱力ぶりから、ごくごくフツーのダメミスなんだろうなア、と思っていたら存外にマトモな推理小説で、その軽妙な文体にノせられてあッという間に讀了してしまいました。
物語は、デカやブン屋が集う喫茶Mのマスターとウェイトレスが、持ち込まれた難事件を解決する、という連作短編。収録作は、看板娘の親爺に着せられた冤罪を晴らそうと銀行のCD盗難事件に絡めた曲芸師トリックを喝破する「CD盗難事件」、偶然に録音されてしまったヤバイ筋の人の暗殺計画が意外な殺人事件へと轉化を見せる「録音テープ殺人事件」、誘拐された聡明ボーイが口にした暗號を巡って一大捕り物が演じられる「兎と亀誘拐事件」、浮浪者死体や顔無し死体がザクザクと出てくる呪いの家という怪異にリアルな事件の眞相が明かされる「呪いの家殺人事件」の全四編。
いずれも事件に凝らされたトリックが見所という懐かし風味の推理小説ながら、曲芸師トリックから暗號、幻想ミステリ的な怪異が推理に解き明かされる物語など、それぞれに趣向を凝らしてあるところが好印象。
「CD盗難事件」は、ある主の不可能犯罪を扱ったものながら、そこで明かされるトリックよりも、寧ろそのトリックが破られた後に容疑者と思しき人物たちがとった行動から、真犯人を推理していく展開が面白い。トリックを否定する輩と否定しないでトリックの解明にノリノリの一人のいずれが犯人なのか、というあたりを推理しながら、絶妙なカマかけによって犯人を炙り出していく後半の展開もテンポよく、軽いトーンで統一された風格も秀逸です。しかし草野センセの、磨き抜かれ切りつめられたというよりは、ある意味投げやりにも感じられる文体は時に強烈な脱力の風味を醸し出してているところもまた事実でありまして、例えば冒頭、男の子がプードル犬を散歩させるシーンでは、
ジョンは雄だから、片足を上げてションベンをする。それもチビチビと、いたるところに引っ掛けていく。
その間にウンコをする。
それは、ナプキンペーパーで取って、持っているビニール袋に入れる。
ただ動作をシンプルに書き連ねただけの文章にある種の詩情さえ感じられる、――ことはマッタクなし(苦笑)、だがそれがいい、という草野文学らしさをイッパイに感じさせる文体は流し読みには最適で、じっくりと一文一文を味合わずとも登場人物たちが演じる全ての動作がシッカリと頭に入ってくるところは流石です。
表題作でもある「録音テープ殺人事件」は、喫茶店の一席で奥様方が打ち合わせをしたあとにその筋の方々と思しき連中がやってきて、何やら謀議の最中の様子。で、そのヤバい話が奥様たちの忘れていったカセットに録音されてしまっていて、……という話。
実際、その筋の連中が話していた通りのコロシが発生するものの、どうやらそれが人違い殺人で、……というところから、思わぬ事件の構図が明らかにされていくのですけど、ここでも推理そのものよりは、その推理の裏付けを行うため、真犯人に絶妙なカマかけをしていく後半のテンポの良い展開が面白い。
「兎と亀誘拐事件」は、誘拐されてしまったボーイが電話口でフと喋った「地下室のウサギに餌をやるの忘れないで」という言葉の真意を巡って、マスターと看板娘が推理を開陳していきます。どうにもほのぼのした誘拐事件という風格が微笑ましく、その推理の正しさを確かめるために犯人の潜伏していると思しきアジトを探り当てるものの、自分たちが監禁されてしまうという後半の展開は期待通り。暗號そのものとして見れば、それほど大袈裟なものではないとはいえ、子供がとっさに口にしたものと考えれば、こうした軽い風格にはこれくらいの難易度がピッタリでしょう。
最後の「呪いの家殺人事件」は、看板娘の推理を待たずとも、越してきた家で怪しい人声がするという曰くつき物件というネタそのものから大凡の構図がイメージできてしまうところがアレながら、背後にいる犯人のやり過ぎぶりが痛快です。最初は樹の下に掘っておいた穴ン中に硬直した死体を直立させて住人に恐ろしさをアピールするも、それじゃあダメだと判るや、今度は顔が石榴のようにハジけた死体を血糊と一緒にプレゼントしたりと、そうしたやり過ぎぶりと住人の当惑する様子のずれが醸し出すユーモアが面白い一編でしょう。
とにかくその軽い文体から、収録作四編からなる一冊とはいえ、「ジョーカー・ゲーム」ほどの厚さの本でも徹夜しなければ読み終わらない、というような「完全熟讀派」の書店員様を除けば、フツーの人なら一時間もあれば讀了してしまうのではないかという内容ながら、いずれもバラエティに富んだ謎のつくりこみが光る一冊です。本作の場合、ダメぶりがただのダメに終わらず、ミステリとしての緩さがその軽妙な風格とマッチして、見事なユーモアへと昇華されているところを堪能するのが吉でしょう。