「『容疑者Xの献身』は全くダメです」の迷言をブチかまし、昨年、「本格ミステリ館焼失」のリリースによってクズミスマニアをダウナーの深い淵へと叩き落としたあの早見女史が何と唐突に新作をリリース。
そのジャケ帯に「虚無」へのリスペクトという「疑似餌」をチラつかせ、その実、事件から謎の提示から推理のすべてにやる気のなさと勘違いを凝らして終盤には「ふーん……」としかいいようがない眞相を明かしてジ・エンド、という「本格ミステリ館焼失」に比較するに、――結論からいうと本作はフツーにダメ(苦笑)。
これだったら本格ミステリ冬の時代とやらに大量放出された旅情ミステリと大差なしで、「そうそう、リアルでもこういうクダらない犯罪ってあるカモねー」と棒読みするしかないヒドさにはクズミス女王としての貫禄が見られるものの、このテの現実の犯罪フウ事件であれば、「新潮45」でも讀んでいた方がマシ、という仕上がりです。
とはいえ、本作の場合は一編の物語というよりは、一冊の本としてのダメミスぶりを堪能するべきで、「本格ミステリ館焼失」でも「虚無」ファンを釣り上げようとするアジテートが素晴らしかったジャケ帯と同様、本作でもまずはこちらに注目すると、
究極の曰くつきアパート
フーダニット!
青薔薇荘でハウダニット!
悪意が渦巻く殺人事件ワイダニット!
名探偵の兄弟が
謎に挑む!
「究極」というのは些か、というかかなり大袈裟で、曰くつきといえば樹影荘とかの方がそのおどろおどろしさも含めて相當にキているように感じられるし、……と不満をブーブー言いながら次にタイトルにもなっている件のアパートの名前に目をやると、「青薔薇荘」とここでもさりげなく「虚無」へのリスペクトを披露。また怪しげなローズ・ガーデンもないこのアパートの近くには有名私立大学があって、その名前が「元治大学」とあるものだから「もしかしてこれってさりげなく「玄次」とカケてんの」、……なんて「虚無」ファンは深讀みをしてしまうものの、最後にはやはり「ふーん……」で終わってしまうゆえ、そのあたりでの過剰な期待は禁物です。
物語はノッケから「生物は、体内に新しいアミノ酸をとりこむと、めくるめく速さで蛋白質を紡ぎあげる」なんて珍妙な記述から始まるものですから、もしかして「人形になる」に収録されていたキワモノミステリの佳作「二重螺旋を超えて」みたいな路線カナ、なんて感じて讀み進めるとこれまた期待は大きく裏切られるのでご用心。
この科学話の中には「SUN」という記述があって、件の事件に大きく絡んでいると思しき人物のニックネームが同じSUN、さらには主人公となる兄弟の一方の名前が「参」だったりするものですから、もしかしてこのあたりに何か誤導を凝らしているのカナ、なんて本格ミステリ的な仕掛けを期待してしまうとこれまた何の連關も開陳されずにジ・エンドとなってしまうので要注意、……ってこんなことばっかり書いていても讀んだことを激しく後悔するばかりなので、まずは簡単にあらすじを纏めておきますと、要するに曰くつきのアパートで人死にが二つあったと。で、その現場の部屋に越してきたのが件の名探偵兄弟の二人でありまして、そのうちの一人はゲイバーで働く美青年でオジ様の愛人あり。で、もっぱら物語を牽引していく役割を担うことになるもう一人の方は元ホストで古本屋勤務。
この二人が過去の事件に首を突っこんでいくうち、ゲイの方がかつての事件の関係者の親族といいカンジだったことが発覚、そこで毒殺事件が發生し、――という話。
ジャケ帯では「フーダニット!」なんて「!」をつけて煽りに煽っているものの、犯人はハッキリいってバレバレ。寧ろそれであるがゆえに絶対にコイツじゃありえないだろう、と思っていたらコイツだったのでそういう意味では、――というか悪い意味で見事に騙されたともいえる譯ですけども、寧ろそうなると俄然動機の方が気になってくる。
しかしこれまたジャケ帯で扇情している「ワイダニット!」について言えば、上にも書いたように「これだったら『新潮45』でリアルな殺人事件のノンフィクションを讀んでいた方がナンボかマシ」というネタぶりで、さらに「ハウダニット!」に至っては反則というか、今までのトラベルミステリーが築き上げてきた遺産をすべてブチ壊しかねないというヒドいもの。まあ、本格ミステリの「壊し屋」としての早見江堂、という観点から本作を眺めれば確かにある意味、「焼失」の激しさも納得出来るとはいえ、それにしてはアンマリ。
ミステリの骨法を知らないアンポンタンが書いたというのならまだしも、鮎川哲也賞の候補にもなった作家の手になるものとは思えない凄まじさは確かにクズミスとしての破壊力も相當なものとはいえ、……いったいどういう経緯で早見名義のクズミスがこうもコンスタントにリリースされていくのか、そちらの方が最大のミステリー。
何となくなんですけど、これはもしかしたら矢口女史の講談社に対する復讐ではないかという気がするのですが如何でしょう。
ここを見ると、女史は講談社ノベルズから「かぐや姫連続殺人事件」でデビューした後は、鮎川賞絡みの「家族の行方」から「愛が理由」に至るまで、いずれも他の出版社からのリリースとなっている譯ですけども、ここにきて「償い」と「証し」が大ベストセラーに。イッキに勢いづいた早見女史はメフィストに「焼失」を送りつける。「矢口名義のアタシの原稿が欲しかったらまずはこの『焼失』をアンタのところから出版しなさい。そうしたら新作を書いてあげる」という女史の言葉が悪魔の甘い囁きとも知らず、講談社は「焼失」を出版、しかし「焼失」は女史が「わざとつまらない」ように書いた確信犯的なクズミスであって、それこそが罠。「虚無」の「疑似餌」を鏤めたジャケ帯につられて「焼失」を購入した本格マニアからのブーイングの嵐、――しかし講談社の地位失墜を画策した女史の復讐はまだ終わらない。「矢口先生、今度こそは矢口名義での玉稿を賜りたく……」とペコペコする担当編集者に「青薔薇荘殺人事件」の原稿を手渡し、口許には邪悪な微笑を浮かべてみせる女史の姿。そう、復讐はまだ始まったばかり、……なんてボンクラの妄想が眞相でないことを祈るばかりなのですけど、クズミス絡みでいえば、例のメフィスト賞受賞作のネタを「まだ殺してやらない」でアレしてしまった講談社でありますから、どうにもこうした虚実を超えた奸計を勘ぐってしまいます。
とまア、ボンクラの妄想はこれくらいにして話を戻しますと、しかし逆にいうと、こうした「フツーの」クズミスぶりが寧ろクズミスとしてのクズぶりに拍車をかけているという見方も出來る譯で、こるもの大明神の「まごころを、君に」とどっちがクズか、という質問にはどう答えるべきか、かなり悩むところではあります。ダメミスとはいえミステリであり小説でもある譯だからシッカリと愉しみたい、というう方にはやはり呆王松尾氏の手になる最新作「百色眼鏡の灯」の名前を挙げるべきであろうし、その一方で「ツマらないミステリを讀むのが無常の愉しみ」という、すでにクズミス、ダメミスの悟りの境地にまで至ってしまった仙人の皆様には、そのツマらなさゆえに頁をめくるのが辛くてタマらないという大明神の「まごころを、君に」や、この一冊によって短編の名手からダメミスの貴公子へと身を堕とした蒼井氏の「まだ殺してやらない」をリコメンドしておきたいと思います。
しかし今年のダメミス、クズミスの大漁ぶりにはキワモノマニアの自分も驚くばかりである一方、昨年であれば松尾氏の作品もググってみればいくつかのレビューを見つけることが出來たというのに、今年はというと「百色眼鏡の灯」で検索してもマッタク讀んだ人を見つけることが出來ないという状況は如何なものか。昨年「焼失」を讀んで魂を抜かれてしまった本讀みの皆様には是非とも本作を手にとって、感想を聞かせていただきたく思う次第です。