タイトル通りに、雪の山荘に女性たちが閉じこめられて陰惨な連續殺人が、……というお話かと思っていると、マッタク違う方向へと物語が捻れていくところが完全に芦辺ミステリで、個人的には「グラン・ギニョール城」とはまた違ったアプローチを凝らした、ある意味メタでアンチでアレがアレ、というひねりを効かせた風格はかなり愉しむことが出來ました。
しかし「このホテル、なにかがおかしい 招待客が消えていく……」という内容紹介は、ともすると昨年リリースされた最凶のダメミス「本格ミステリ館焼失」を想起させるところがアレなんですけど、そこは探偵小説趣味の外連味も交えてどんな物語もシッカリと盛り上げてみせる芦辺氏でありますから、何となく人がいなくなって何となく眞相が明かされて最後には「フーン……」となって終わり、みたいなことには決してならないのでご心配なく。
物語は意味深な「既視感のあるプロローグ」からスタート、何だ、「消えていく」だけかと思っていたらしっかりコロシもあるみたいジャン、なんていうふうに一安心、物語はそれから森江探偵事務所の東京引っ越し編へと流れていくのですけど、その間に件のホテルへと招待された女性たちのパートを平行して語りつつ、雪の山荘での「事件」へと・壓がっていきます。
ちなみに、本作の「雪の山荘」という趣向については、森江探偵が事件の「ネタを拝借して」小説を書いている探偵小説家から聞いた話というのを語っているのですけども、
「……とにかく最近の読者はクローズド・サークルが大好きで、登場人物がそろったら、とりあえず唯一の通路である橋が落ちたとか、大雪で道路が通れなくなったとか、まぁそういったことで交通が途絶しないといけないと信じてるそうや。まさかと思てたら、現に彼の作品に対して『事件現場は一軒家なのに、何で出入れが自由なんだ。がっかりした。そんなのだったら読まない』という非難が浴びせられたことがあって、日ごろ読者の少ないのを気に病んでいる彼としては、たちまち震え上がってしまたということらしい」
というところには大爆笑、「芦辺はん、今日日、本格ミステリがクローズド・サークルやなきゃあかんて、そらもう時代遅れもいいところや。道尾はん、石持はん、柄刀はんと、まともな作家の作品はみなそういうのとはちゃう。本格ミステリいえば何でもかでも、お城やなんやを舞台に、洋式エチケットを心得た紳士淑女が集たところで、ぎょうさん人が死んでやな、死体を見つけたボンクラワトソンが必ず雷に打たれたみたいに体を震えわせて吃驚せな本格ミステリにあらず、なんてことは決しておまへんのちゃいますか」と、思わずインチキな関西弁でツッコミを入れたくなってしまいましたよ。
本作の場合、何しろ事件の様態がコロシではなく単なる失踪ゆえ、原理主義者的な視点からするいかにも地味な作品のように見えてしまうのですけど、失踪事件が發生する雪の山荘のパートと平行して、山荘にいるともか嬢とケータイでやりとりをしながら事件の輪郭をとらえつつある森江探偵の場面が描かれていくという結構によって、それが最後に山荘へと集められた事件の被害者と「犯人」からなる全体の構図に見事な顛倒を見せるところが秀逸です。
さらにそれが事件に巻き込まれることになった「探偵」の役割に説得力を持たせているところも面白く、そうした顛倒の構図がもたらす「探偵」の立ち位置が、こうした探偵小説にはいかにもありがちな展開――犯人によるコロシが全部終了してから探偵が眞相を語る――に皮肉めいたオチを際立たせているところも痛快です。
またこれってある意味芦辺流の皮肉を効かせたアンチ・ミステリかも、なんて深讀みまでさせてしまうところも含めて、事件の様態とそこに添えられたトリックは定番ともいえるおとなしいものながら、全体の構図に凝らされたこだわりぶりはシッカリと芦辺ミステリしているところも好印象。
ただ、上にも述べた通り、雪の山荘とはいえ、そうした伝統的な舞台を最後の最後にはひっくり返してみせるという大技が繰り出されるゆえ、上の引用に語られているような原理主義的なマニアは烈火の如く怒り出すこと必定という一冊ながら、ひとつひとつの事件にたいしての重箱をつつくような讀み方ではなく、舞台の外枠も意識したメタ的な讀みによって浮かび上がってくる企みはやはり芦辺氏、――と納得してしまう逸品でありますから、現代本格の讀み手であればなかなかに愉しめると思います。