初野氏の小説は初体験ゆえ、ジャケ裏の作者紹介にある「ファンタジックな世界観にトリックを鏤め、独特な視点でミステリを描き出している」という言葉を頼りに手探りで讀み進めていったのですけど、堪能しました。
物語は、主人公である百合娘が、一目惚れした中性ボーイに守られながら、ゴリラ、キリンとともに街に起こる凶悪犯罪を解決していく、――という話なのですけど、長編の構成ながら、冒頭に中性ボーイとの出逢いを記したプロローグを配し、そのあとに「騎士叙任式」、「序盤戦」、「中盤戦」、「終盤戦」、「一騎打ち」というタイトルで、それぞれの事件を語っていき、最後の「後日譚」で、語り手である百合娘と中性ボーイとのその後を記すという連作短編めいた結構です。
こうした構成によって、それぞれの物語の後に次なる敵のことをチラリと紹介してみせるという繋ぎ方が秀逸で、まずプロローグとなる百合娘と中性ボーイの出逢いからして、この物語世界に大きく關わるある事実が隠しつつ、謎めいた中性ボーイの正体が明らかにされるという仕掛けゆえ、このあたりについてはネタバレせずに軽く流すとして、――こうした物語の場合、まずそうしたファンタジー的な舞台設定とミステリにおける謎解きのリアリティとの距離感が大切だったりする譯ですが、本作の場合、こうした中性ボーイの設定はあくまで探偵となるべき語り手の推理を助ける為のみに機能しているゆえ、それほど気を遣う必要もなく愉しむことが出來ると思います。
いずれの事件にも、街で耳にした都市伝説フウの噂話が大きく關わっており、「騎士叙任式」では、「幸運のさる」なるものの正体が轉じて犯罪に・壓がっていくという本格ミステリ的な展開を見せていきます。しかし物語の力点はこうした謎を推理によって明らかにしていくプロセスそのものというよりは、探偵行為に挑むことで、主人公たる百合娘が騎士となる中性ボーイの助言を受けながら、さらに周囲の「いいひと」たちの協力を得て強い女の子へと成長していくという展開におかれています。
したがって、自分のようなやたらと本格ミステリ的な視点でしか物語を讀めないアンポンタンよりも、ごくごくフツーに物語を追いかけていった方が本作を愉しめるような気がするものの、それでも「序盤戦」におけるドッグキラーとの攻防においては、盲導犬殺しという事件の背後にあったある哀しい事実を推理によって繙いていくことで、人間ドラマを明らかにしていくという結構が素晴らしい。特に犯人が残していったとおぼしき凶器を何故被害者は自宅に持ち帰り、隠していたのか、という些細な謎からある事実を突き止めていく推理がステキです。
犯人がどうしようもないゲスというところは、「序盤戦」のドッグキラーと「中盤戦」のインベイジョンは同様なのですけども、主人公を含めた「いいひと」対「異常犯罪の犯人たるゲス野郎」という構図が崩れていく「終盤戦」は本作の大きな見所でしょう。その前の「中盤戦」のおわりで、騎士たる中性ボーイの哀しい出来事を予感させながら強敵ラフレシアとの闘いへと突き進んでいく構成もいい。
ある弱者を中心に進んでいく「終盤戦」は、異常者たるラフレシアとのサスペンスフルな攻防をそのまま追いかけていくだけでも十二分に愉しめるのですけど、犯人の行動パターンを絞り込んでいく推理にも小さな顛倒を添えていく展開も秀逸です。
そして最後の「一騎打ち」において最大の強敵グレイマンとの闘いに至るのですけど、サスペンスという点では真犯人の悲哀も織り交ぜて後半に急展開を見せる「終盤戦」がもっとも完成度が高いかと推察されるものの、中性ボーイの悲劇的な出来事ともに終結した「終盤戦」のあとで、事件全体に何やら尋常ではない不穏なサイコ風味を添えている「一騎打ち」もなかなかのもの。犯人の狂気が明らかにされる瞬間、その前の「終盤戦」の事件で鍵を握っていたある人物の末路が語られるところは吃驚で、その前から悲劇的要素を強めていた物語が中性ボーイとの別れに帰着するのもまた当然でしょう。しかし、ここで終わらずに、「後日譚」で非常に爽やかな感動物語へとイッキに盛り上げていく構成は素晴らしいの一言。
プロローグで明かされた中性ボーイの正体がまさかこれだったというのはチと意外ながら、百合娘の強い決意によってしめくくるところも含めて、堪能しました。
という譯で、どちらかというと本格ミステリ的な視点よりは、物語をフラットなまま追いかけていく讀み方が一番だとは思うのですけど、一応、ミステリ的なトリックについて言及すると、「中盤戦」におけるインベイジョンがストーカーめいた行為によって部屋に侵入して行ったある行為の眞相は非常にマニアック。寧ろ、犯人が何を行ったのか、というところを、住人の違和感の端緒から推理していくところが面白い。
また上にも述べた通り「序盤戦」におけるドッグキラーとの闘いでは、盲導犬コロシという事件そのものよりも、その事件に關わった人物が隠しているある事実を明らかにすることで、各人の心の内を照射していく結構に注目でしょうか。
連作短編めいた盤石の結構から登場人物の造詣まで、非常によく出來た物語で、個人的には同時に講談社ノベルズとしてリリースされたこるもの大明神の「フォークの先、希望の後」の口直しとして讀んでいれば、とチと後悔。讀後感も非常に心地よく、百合娘と中性ボーイとの關わりなど、ファンタジー的な舞台設定によって浮遊感を持たせた物語世界は案外好みが分かれそうな気がするものの、キワモノの自分でも十分に愉しめたのでフツーの本讀みであれば、最後の幕引きには感涙すること請け合いという一冊です。オススメでしょう。