どちらかというと自分の頭の中ではキワモノミステリの系譜にある岸田氏の新作。しかし今回はミステリーYA!のレーベルからのリリースであること、さらには近作の「ランボー・クラブ」でのノーマルに大きく傾いた風格から、キワモノらしさは相當に薄味ではないかという予想は見事に的中、――かといってツマらないかというとこれがなかなかの仕上がりで、いかにもミステリーYA!らしい、ボーイと娘っ子の青春模樣を活写した物語にはチと吃驚、ですよ。
物語はボーイと娘っ子の二人が交互にそれぞれの視点から語り出すという結構で、ボーイが合宿から歸宅すると何故かママは奇妙な書き置きをしたまま家を出てしまっている樣子。おまけに放置された生ゴミが異臭を放っているしともう大變、果たしてママの行方は、――という話。
ほどなくしてボーイの母親は見つかるものの、どうやら頭に怪我をして記憶を失っているらしく、買い物に行ったきり家を出た後の足取りは不明。果たして彼女には何があったのかという謎に、ボーイと彼の幼なじみの娘っ子の二人が挑みます。
このボーイと娘っ子の、微妙に相手を意識した内面描写がまず見事でありまして、特にボーイは兄イを不慮の事故で失っているゆえか、どうにも夢見がちな男の子。妄想世界で理想の女性をつくりだしと彼女と腦内で会話を愉しむという性癖の持ち主でありまして、このあたりの微妙にキワモノ臭を感じさせるキャラが処女作から岸田氏の作品を追いかけている偏執なマニアとしてはタマりません。
一方、彼の相方となる娘っ子はというと、天才肌のパパを毛嫌いしつつもその藝術的な才能に関しては一目どころか絶對にかなわないと思っている。さらに幼なじみのボーイのママに憬れているという設定を配して、二つの家族のあいだに纖細な絲を巡らせつつ、記憶喪失の背後に見え隱れする「事件」のかたちを描き出していきます。
本格ミステリとして見ると正直、この真相は「犯人」を除けばかなりの方がその全容を把握出來るのではないかと推察されるほどのビギナー向けの仕上がりながら、岸田氏が得意とするアレ系の仕掛けを敢えて封印しつつ、謎とその解体というスマートな樣式を導入したことによって上質な青春物語へと仕上げてみせたところは流石です。このあたりは岸田氏の資質というよりは、ミステリーYA!の編集者が岸田氏の潜在能力を引き出した成果というような気がします。
ちょっと惜しいなア、と思ったのが、物語の中で添え物程度に姿を見せているある「怪異」の存在でありまして、これが中途半端に謎解きを助けたりするものの、これが「怪異」のまま物語が収束してしまうところが物足りないというか、――あとがきも讀まずに進めていったものですから、ボーイが夢想する理想の女性との腦内会話や、ママのシチューをつくる逸話などから、どことなく道尾氏の「向日葵」を彷彿とさせる雰囲気が物語の前半にムンムンと漂っていたがゆえ、この「怪異」に対しても何か仕掛けがあるのかと期待してしまった自分はちょっとアレ。
個人的には「謎――解決」というミステリの樣式よりも、ボーイと娘っ子という二人のみずみずしいキャラが織りなす青春物語、というかんじで讀んだ方が愉しめるような気がします。キャラ的には「ランボー・クラブ」でかいま見られた優しいまなざしが隨所に感じられる一方、主役のボーイが微妙にキワモノっぽい癖を持ち合わせていたり、さらには娘っ子のパパが天才なのにダメ男だったりと、従来からの岸田ワールドのキャラ造詣もしっかれりと踏襲しているゆえ、このあたりはファンとしても嬉しいところでしょう。
岸田氏のミステリとして見るとかなり物足りない仕上がりながら、青春とミステリという兩輪をバランスよく配したミステリーYA!シリーズの一册として見ると滿足の逸品、といえるかもしれません。