今月リリースされた幽ブックスの一册で、帶に怪談実話、そしてタイトルに山の幽異記とある通りに山で体驗した怪異を怪談の樣式で綴ったもの。何だかジャケが怖すぎるんですけど、おそらくこの畫は収録作の一編「N岳の夜」に由來するものでしょう。
実際、作者も書いている通りに、幽霊の物語というネタはすでに開陳してあるがゆえ、怖さという点では定番の展開を踏襲したものが多く、その殆どは語り手が登山の途中で幽霊に遭遇、最後にその曰くが語られるという結構です。怪異の正体が明快であるがゆえに怖いというよりは、寧ろこの怪談としての樣式美を愉しんだ方がいいかもしれません。
とはいいつつ、綺堂怪談のように怪異の曰くがその上面しか語られず、結局何だかよく分からない不可思議のまま物語が終わってしまうという作品がさりげなく紛れ込ませてあるから油断がなりません。この系統でぞっとさせられたのが、上にも書いた「N岳の夜」と「アタックザック」で、特に後者はテントを張ろうとしたら、ポツンと小さなザックが置かれているという導入部から、何かくるぞ、という怖さを盛り上げる雰囲気もイッパイです。
ザックの中身は何なのか、とか、さらにはザックの持ち主は、というふうに、読者が樣々な想像を巡らせてしまうような書き方が秀逸で、幽霊譚と予想しながら讀み進めると、幽霊なんだか或いは平山センセの「東京伝説」なのかというような豫想外のオチを開陳してみせるところなど、霊異記という楚々とした佇まいを裏切ってみせる幕引きもステキです。
「N岳の夜」で語られる体験も正直、訳が分からないというもので、讀了した後ジャケ畫を眺めるにその正体不明の怪異にオチがつけられない怖さが際だっています。
ただ怪談を語る作者の本領というのは、寧ろこうした作品よりも定番的な物語の結構から物語を巧みに語り出すその技巧にあるように感じました。例えば「残雪のK沢岳」は、寒い中にテントを張って寢ていると薄着の女が迷い込んできて、――という話。この女が幽霊であることは作者の語りから明々白々、さらにはここへ、こういうときには體が冷えないよう、お互いが生まれたマンマの姿になって、――という期待通りの展開へと流れていきます。
いつこの怪異の正体が幽霊であることが明かされるのか、と讀み進めていくと急転ともいえるフックを見せ、最後に教訓を添えた語りの結構で締めくくるところなど、定番の樣式ゆえの巧みさが光ります。
いい話、というのも怪談話ながら収録作の中では際だっていて、この中ではやはり「牧美畫温泉」がもっとも純度が高く、泣ける怪談としてもオススメしたい逸品です。これまた例によって男がとある温泉宿へと泊まり、宿の女将にちょっとホの字になったりという定番の展開を見せたあと、実は、――という話。女將のつくったあるものが最後の真相開示のあとの台詞に哀しさを添えていい味を出しています。
平山センセの「山の怪談ってのは本当に凄い。どんぶり飯の三杯はいける!」というのは些か大袈裟で(苦笑)、寧ろ怖さよりも定番の結構の中から立ちのぼる哀しさと、幽霊というあからさまな怪異の描き方の巧みさを堪能する、という方が本作を愉しめるのではないかと思います。