ジャケ帶の惹句が「バカミス」で鳥たちのマヌケな絵をあしらった表紙から、脱力の内容かと思いきやカーをリスペクトしながらの二転三転する奇想と實直推理の混交、さらには連作短編の結構に仕掛けられたアイデンティティ崩壞のカタストロフと、その奇矯さとは裏腹のオーソドックスな本格としても、またキワモノ的な一册としても讀みどころの多い作品です。
収録作は、深夜のコンビニ巡りを行う女の謎に変態教授の超絶推理がハジける「夜歩くと…… 漸変態に関する考察」、初戀相手との邂逅が奇妙なコロシを引き寄せる「孔雀の羽根に…… 過変態に関する研究」、エロ写真をバラ撒かれた女助教授の奇妙な死の謎を解く「囁く影が…… 完全変態に関する洞察」、そして三つの事件の推理が反転して驚愕の真相が明かされる「四つの狂気 無変態に関する補足」の全四編。
いずれもストーキングを趣味というかフィールドワークとする変態教授と、その変態教授を研究対象にしている助手の二人を探偵側に配し、クロちゃんなる謎めいた語り手によって事件が語られるという結構で、探偵となる変態教授の変態ぶりは最初の「夜歩くと……」からしてもう明らか。
尻嗜好を何の衒いもなく語り散らす教授のアレっぷりは相當なものながら、キワモノマニア的にはごくごくノーマルな信條告白として受け止めてしまえるところが個人的にはアレながら(汗)、夜な夜なコンビニ周りをしているという奇妙な女の振る舞いの謎を教授が推理してみせるや、女は公衆便所で死體となって発見される。果たして女の奇行の意味と、コロシの真相は――。
頭に血が上ると天才肌に「変態」して、事件の謎解きを始めるという教授のキャラも面白いのですけど、その推理が一編の中で二段構えになっているところが秀逸で、「夜歩くと……」では、どう見ても無理矢理な繪解きによってコンビニ徘徊の謎解きを披露してみせるも、そこからさらに踏み込んで事件全体の構図を明らかにしてみせる推理のプロセスが心地よい。
「孔雀の羽根に……」も、変態教授の初戀相手が向かいのビルに表れて、……という導入部からまたまた教授がコロシに卷きこまれてしまうという「夜歩くと……」と同樣の展開です。ここでも脱力の繪解きで初戀相手の勤め先を無理矢理に推理してみせるとともに、捨てネタの推理の後に事件全体の構図が明らかにされる仕掛けも同樣なら、最後にブラックなオチで纏めるところも「夜歩くと……」の結構をトレースしたような内容です。
「囁く影が……」は、助教授のエッチ写真が學内の生徒も含めた全員にバラ撒かれてしまうという事件が発生。教授がメール經由で手に入れた三枚の内容がその変態嗜好も交えてネチっこく語られるものの、「真っ最中のカット」とはいえ「結合部分は直接写っていない」というマイルドなショットでありますから、黒パン婦警さんの格好やらアソコもモロ出しの写真が全世界にバラ撒かれてしまった張柏芝に比べればまだマシで、「前の二枚にも劣らないほど卑猥」な口淫写真とても、「上目遣いに男を見つめる」だけというアングルでありますから、前から後ろからのモロ出しショットとともに完全にカメラ目線での頬張り写真をこれまた全世界に公開されてしまった陳文媛の方が悲慘だと個人的には思うのですが如何でしょう(意味不明。香港藝能界に興味のある方のみ)。
絶望した女助教授は天文ドームの屋根へと上って自殺を敢行しようと試みるものの、変態教授に赤パンのことを色々と言われて思いとどまろうとした刹那、何者かの囁く声を耳にして墜落してしまう。天文ドームという密室状態において、果たして何者が彼女の耳元に言葉を囁くことが出來たのか、――という話。
「夜歩くと……」と「孔雀の羽根に……」は、定番ともいえるトリックを巧みに組み合わせた妙味が光る作品でありましたが、こちらは奇想ともいえる豪快な仕掛けが開陳されるところが素晴らしい。トリックという点では、ここで明らかにされるネタが一番愉しめました。
しかし三つの事件が解決したとはいえ、これで終わりという譯ではなく、というか寧ろここからバカミス魂が炸裂するところが見所でありまして、「四つの狂気」において、二段構えによって構築されたそれぞれの事件の推理に再び光が當てられ、ある人物の正体とともに驚愕にしてバカミス的な真相が明らかにされるという仕掛けです。
三つの事件の推理において引っかかっていたところが盡く回収されて、全体の構図が見事に組み替えられていく課程がスリリングで、この推理の中の「氣付き」に絡めた伏線の張り方もまた秀逸。
またこの人物の正体に関してはある程度の予見はしていたものの、まさかこれとは思いませんでしたよ。ここで爆発する自我崩壞の凄まじさは相當のもので、変態教授の生體観察と、事件の語りという枠組みそのものが黒い狂気へと流れてジ・エンドとなる幕引きはほとんどホラー。してこの物語全体の仕掛けが明らかにされた後、あらためてジャケに目をやってニヤリと出來るのも本作のステキなところでありまして、こんなところにもさりげなくヒントが隱されていたのか感心至極。
一編一編の作品に凝らされた二段構えの實直推理と変態教授や助手たちの奇矯に過ぎる登場人物とのギャップ、さらには物語世界そのものがトンデモない方向へとひっくり返る狂惡ぶりと、ノーマルな本格ミステリファンも、キワモノマニアも愉しむことが出來るという逸品でしょう。昨年の數々の傑作、問題作をリリースしてくれたミステリー・リーグには今年も大いに期待したいと思います。