タイトルの通りに映画「マタンゴ」を強烈にリスペクトして現代に甦らせた怪作で、ボリュームもかなりのものなら、怪奇ネタの仕込みにハリウッド映画的なドンパチまでをも大量にブチ込んだ、まさにエンタメ小説の傑作です。
怪しい老婆の占い師がとある人物に恐ろしい預言をする、という冒頭から、富士山の樹海の奥にヨットがあり、そこには怪しいキノコ人間たちが蠢いているという都市伝説に導かれて樹海探検へとやってきた若者たちが案の定、恐ろしい目にあって、――という流れから一気に引き込まれます。
ホリエモンを彷彿とさせるIT長者の男が實はかつての樹海探索メンバーの一人で、スペースシャトルの打ち上げに絡んでいるというネタもゴージャスなら、女子アナに妖艶女優、さらには細菌のスペシャリスト、そしてマタンゴ事件に巻き込まれる警察官と、すべての人物が件の樹海探検の一員であったことが次第に明らかにされていきます。
全身をキノコに蔽われた男が樹海の中でご臨終、という事件が次第にトンデモない事態を引き起こし、――という流れと、スペースシャトルの打ち上げとを平行して描きつつ、その中で件のマタンゴの眞相を明らかにしていくという結構も秀逸で、そこに映画「マタンゴ」の物語と都市伝説との連關が語られていくところも素晴らしい。
樹海探検に繰り出した連中がどうして今までマタンゴにならなかったのか、そして今になって何故、というあたりの謎についてもシッカリと説明がなされ、そこへテロルと陰謀劇も交えて、後半で展開されるスペースシャトル内での出来事にしっかりと現実味を与えているところもぬかりなく、ここでは過去の事件の謎が姿を見せていくにつれて、登場人物たちの人間ドラマが前面に出てくるという構成に注目でしょう。
もっとも評価したいのは、いたずらにキノコ人間の恐怖やドンパチで盛り上げるのではなく、まずは登場人物たちの人間ドラマをしっかりと物語の背骨に据えて、そこに怪奇やハリウッド的な風格を添えているところでありまして、このあたりにも映画「マタンゴ」へのリスペクトが感じられて二重丸。
後半には過去の事件の意外な眞相が明かされたり、権謀詐術や愛憎に絡めてドロドロとした人間ドラマが展開され、さらにはスペースシャトルの中で進行する陰謀の眞相にも見事などんでん返しまであったりして、これだけ怪奇趣味やエンタメの趣向があれば一直線に物語を展開させることも可能であったところを、しっかりとフックも仕掛けて後半、濃密に描かれていく人間劇を盛り上げていく構成も見事です。
最後のドンパチはハリウッド映画的なやりすぎぶりながら、ここでは樹海で展開される愛憎劇に注目で、学生時代からの心の奥底に隠されていた愛憎がキノコ対人間の対立構図が明らかにされた刹那にベタなドラマを展開させながら、そこに映画「マタンゴ」での人間ドラマを照応させた描き方が印象に残ります。
また怪奇ネタに目をやれば、スペースシャトルなどという現代的なブツを投入しつつも、キノコ人間への変容には太陽黒点とか放射能とか、極上の七十年テイストが活用されているところもいい。しかし太陽黒点といえば「笑い仮面」、キノコを食べるといえば「漂流教室」とそちらの方を思いうかべてニヤニヤしてしまう自分はちょっとアレながら、愛憎を軸にした人間をドラマを軸にした構成に映画へのリスペクトが感じられ、また怪奇趣味と現代的な舞台とを融合させた巧みさなど、長さをまったく感じさせないエンタメぶりにイッキ讀は必至、という一冊ではないでしょうか。