何しろあのメフィストらしくハジけまくった「こるもの」の後なので、不利というか、ここ最近ではあれ以上のアレっぽい作品は期待出來ないゆえ、ごくごくフツーの讀みを心がけつつ挑んだのですけどなかなか愉しめました。というか、メフィストであることが奇蹟というか場違いというか、メフィストであるがゆえにイロモノを期待すると肩すかしを喰らってしまうというか、そういう意味では非常にもったいない作品といえるかもしれません。
時代物ということ、さらには地の文がやや長いという今フウの小説ばかりを讀んでいるとチとその文体のリズムに慣れるのが辛いカモと推察されるものの、實のところ小説としての技巧は相当に高く、例えば幽霊譚をさらりと語った冒頭の「小怪四題」では「普請方の根森源蔵が同僚の脇坂という男から聞いた話。」というふうに伝聞調で語りを起こすところなど、綺堂から実話怪談までの怪談ものを読み慣れている讀者は思わず「この人、分かっているなア」と感心してしまうことしきり、ヌボーッと佇んでいる女幽霊の描写や不気味な土左衛門の逸話など、まずこの語りのうまさからイッキに引き込まれてしまいます。
物語は件の怪談を語り終えたあと、家老を闇討ちしようと試みる連中の話へと移り、そこから犯行現場に佇んでいた不気味な女は何者だったのか、という冒頭の怪談に絡めた怪異が提示されていきます。そのほか、女の幽霊を見た野郎どもがことごとく謎の死を遂げるというイヤ話も添えて、中盤以降では件の闇討ちに關わった人物が次々と殺されていくのだけども、どうやらその犯人というのが死人らしい。果たして眞相は、――という話。
前半はどうにも怪談話と闇討ちの逸話が混然としながら進むため、今ひとつどの登場人物に視點を定めて讀み進めたものかと戸惑ってしまうのですけども、二度目の闇討ちから野郎どもが謎の死を遂げていくという展開に流れるにつれ、ミステリとしての物語の輪郭がハッキリとしてきます。
女の幽霊がヌボーっと立っていたというトリックの眞相をさりげなく開陳した後、その幽霊の正体が明かされるのですけど、この眞相を知るにつけジャケ裏に書かれた作者の言葉にニヤニヤしてしまいましたよ。
その一方、ミステリとしての事件、すなわち闇討ち野郎どもが殺されていくという連續殺人事件に關しての犯人は猿でも分かるレベルで、犯人が死人であることが明らかにされた段階で普通のミステリマニアであればほぼ全員が正解に辿り着いてしまうのではないかという代物ゆえ、このあたりはあまり多くを期待せずに讀み進めるのが吉、でしょう。
寧ろ秀逸なのは、幽霊の怪異に絡めた眞相開示にありまして、この連續殺人の犯人である死人の正体が明かされるとともに、怪談話として語られていた幽霊の正体が小気味よく明かされていくところなど、普通のミステリであればこのあたりはもう少し力を込めて描くところを、ストイックなまでにアッサリと纏めているところは、怪談にミステリの風味を添えた物語として本作を見れば納得です。
個人的にはミステリ的な技巧に拘泥せず、怪談ものだけを描いていった方が作者は大化けするのではないかな、という気がします。正統派の怪談を書き起こすことの出來る力量は十分に感じられるので、メフィストというよりは、「幽」絡みでメディアファクトリーの編集者が何か時代ものの怪談を一作書かせれば作者の潜在能力をはかることが出來るのではないかな、なんて期待してしまうのですけど如何でしょう。
それにしても複雑な気持ちなのは、この作品がメフィストに拾われたという事實でありまして、「こるもの」と本作が同時にリリースされてしまうというのは何だか悪い夢でも見ているのではないかという気になってしまいます。本作は上にも述べた通り、ミステリとしての強度よりも、怪異を凝らした正調怪談とその謎解きに重心をおいた作品ゆえ、他のミステリ賞ではこれまた「こるもの」と同様、まず下読みの段階で落とされてしまうような風格で、そう考えると、ジャンルの間隙を突いてくるメフィストはハジけてこそいないものの、案外正解だったのかもしれません。
派手さがない、さらには時代物ということでフツーのメフィスト賞マニア的には物足りなく感じられるものの、個人的には怪談に軸足を移した次作を期待したいと思います。しかし「こるもの」が大受けしたりしたら、メフィストの編集者あたりが「輪渡さんッ、やっぱり時代は腐女子ですよ! こるものさんは案の定、美少年双子探偵のキャラが大ヒット! でもでもですよ、女が出てこなくて男ばっかりっていう輪渡さんの作風は絶対に腐女子向けだと思うんです、私。だから次回作は左門と甚十郎が生まれたマンマの姿で萌え萌えに……、ぐふっぐふふふッ……」なんてヘンなことを言い含めやしないかと心配ですよ(爆)。