ジャケ帯に曰く「あまくて、辛くて、せつなくて……もつれた糸が、ほどけるような……珠玉の短編小説集」とある通りに、ミステリやSFといったジャンル小説ならではの強い個性を持たない、ある意味では普通小説にも近い風格ながら、短い枚数の中にもちょっとしたオチを凝らしてあるところがオシャレな短編集。
収録作は全十四編で、短いがために簡単にあらすじを纏めるのもアレなんですけど、そんな中にもちょっとした仕掛けと共に洒落たオチで締めくくるお話がやはり好みで、例えば「親孝行にはわけがある」では、シングルマザーのママが子供から何でぼくには父さんがないの、なんていう質問をされたしまったところから、ママは子供にしっりかと親孝行をしなくちゃダメ、と話を逸らしてみせ、そこからママのお話が一人語りの体裁で語られていきます。息子へ親孝行を諭すという語りの起点が、自分の過去を語っていくなかで、最後には違ったところへ着地するというオチが決まっている逸品でしょう。
「津軽海峡、冬景色」は、離婚を決意した男が、若かりし頃にふとしたきっかけで出逢うことになった昔の女を回想するのですけど、これも女と出逢ったいきさつをある意味非常にべたべたな恋愛物語として語っていく課程で、最後にはもう一つのすでに過去となりつつあるもうひとつの出逢いを描いたものであったことが明かされるという構成がいい。
「窓の見える天窓」は、はっきりとしたオチを敢えて残さずに、タイトルにもある「窓の見える天窓」という謎を添えつつその正体を探っていくところを描きながら、内実はその謎そのものにはなく、謎を解いていく課程そのものにあったことが明かされるという結構です。普通小説的によく出来た話という点では本作収録中、ピカ一かもしれません。
「カゴを抜ける女」はブランドものの盗品を質屋に売って稼いでいる語り手の女が刑事に捕まってしまい、アジトを教えろと言われるのだが、……という話。雰囲気からして落としどころはあからさまながら、語り手の女と男との駆け引きめいたやりとりが愉しい一編でしょう。
いくつかの恋愛ネタを軸にした話の中では「恋のコンビニ、愛のチップス」が秀逸で、コンビニ店員のボーイに惚れた女が失恋するも、ある目的でしつこく通い詰めた後に果たして、――という話。失恋からのやけ食いがこういうオチに落ち着くところは予想外で、このあたりはボーイの事情を敢えて隠す為に失恋女の一人語りにした結構が効いています。
表題作「私を猫と呼ばないで」は収録作中、超絶技巧が冴えた一編で、ホテルに宿泊している男女のある事情が思わぬ連鎖を見せていくという仕掛けでありまして、最後に明かされる真相というか結末に二人の関係の始まりを添えた幕引きもまた素敵。
何しろ最初に述べた通り、ミステリやSF、ホラーといった括りから離れたところで書き上げられた短編ゆえ、自分のような人間は感想を述べるのに戸惑ってしまうのですけど、普通小説的な風格でありながらも、登場人物たちのどこか惚けたところや、語りの軽妙さなど、山田氏らしい風格は十分に感じられる作品ばかりゆえ、肩の力を抜いて讀んだ方が愉しめるのではないでしょうか。