日本推理作家協会の会報から将棋、女探偵、映画など様々なテーマを北村氏がセレクトし、そのスジの専門家を迎えて鼎談を行うという企画ものを取り揃えた一冊。ネタそのものも最高に笑えるものなら、ミステリファンであれば思わずはっとさせられる専門家の言葉も添えられていて、個人的にはかなり愉しめました。
「将棋」、「忍者」、「嘘発見器」、「手品」、「女探偵」、「声」、「映画」、「落語」という八つのテーマの中でツボだったのは第二回の「忍者」と第三回の「嘘発見器」で、いずれにも登場する馳氏が非常にいい味を出しています。第二回の「忍者」ではホンモノの忍者である川上氏を迎え、ホストである北村氏と馳氏が色々な話を聞き出していくのですけど、まずもってジャケ帯の裏の「忍者がネクタイを締めてやってきた!」という惹句にもある通りに、川上氏の、襟の小さい半袖シャツにネクタイ姿というのが、鎖帷子に黒装束というベタな忍者ファッションをイメージしていた自分としてはかなり意外。
もっともそう感じたのは北村、馳両氏も同様で、これについてホンモノ忍者の川上氏と以下のやりとりがあるのですけど、
北村 視覚的なところでは、我々がパッと見て忍者っていうと黒装束のイメージですが、実際そういうものでしょうか。
川上 伊賀袴っていうんですが、もともとあの格好は農作業とか、山へ行ったりする作業着なんです。だって忍びの装束なんて着ていたら、すぐ忍びの者とバレてしまうわけですから、そのへんに一番多い姿をするわけですね。
という川上氏の言葉に感心した馳氏が、「だから川上さんも今日はネクタイを締めていらして、角川書店の中を歩いていても社員と見分けがつかない。それが忍びの本当の凄さだと」續けてみせるのですけど、ランニングシャツが透けてしまうほどの薄地のシャツで、その左ポケットにはワンポイントマークが添えられていたり、白黒であるから色は判然としないものの、白か明るいベージュのスラックスという、ごくごく普通の日本のリーマンの大多数が着ているビジネススーツとは微妙に異なる「ハズし」技に、写真を一瞥したときには怪しさイッパイで思わず面食らってしまったものの、今回の鼎談の場所が角川書店のオフィスであることも鑑みての、一般人とは違う出版業界人を装った着こなしであったとすれば、襟の小さい半袖の透けシャツに左ポケットのワンポイントといったダサ系の着こなしも納得です。
川上氏の言葉でお、と思ったのは「見たと思わせて、言わせるのが忍法」という台詞でありまして、何だかこのあたりは「産霊山秘録」で正倉院を護ってきたヒ一族の戦略に通じるものがあるな、と感じた次第。
「将棋」の回では講師として迎えた高橋嬢の、詰め将棋についての意見に注目で、逢坂氏の「われわれの場合だと、推理小説の新しいトリックを初めて考えついたと思っても、前に誰かが考えていたりすることが少なくない」という言葉に対して、
高橋 やはりどうしても似通ってしまうことはありますけど、そういうのはあまり評価されません。似たような手でも、その前後に新着想があるという驚きがないと。それから、詰め上がりの形が美しいとか。
なる意見に、本格理解者であれば、おそらくは先例があるものは「あまり評価されません」というところばかりに大注目してしまうのではないかと推察されるものの、個人的にはその後の「詰めあがりの形が美しい」という言葉は、自分が現代ミステリに期待しているところにも通じるなと思ったりしました。
例えば最近では「女王国の城」の、現代と過去が一つのアイテムによって連關され、そこから過去の情景が立ち上ってくる構図の美しさや、「リロ・グラ・シスタ」の、すでに先例のある二つの仕掛けが明かされた刹那にミステリにおける三つの役割がひとつに連結される構図の明快さなど、ひとつひとつのトリックよりも、その仕掛けが明かされることにょって讀者の前に提示される真相や事件の構図に魅力を感じてしまう自分としては、そのあたりの「美し」さと、高橋嬢の言われる「詰めあがりの形が美しい」という言葉に、現代ミステリの向かうべき方向が示唆されているような気がします。
しかし本格理解者にしてみれば、やはり先例のあるトリックを用いる輩は古典教養のイロハも知らないミステリ作家のクズ、みたいなフウになってしまうのかと危惧してしまいます。例えばオシャレなジャケで文庫化された「魔術王事件」にしても、そこに用いられるトリックは鮎川御大の某長編を讀まれている読者には丸わかりながら、個人的には神出鬼没の犯人が用いるアイテムとしてアレを用いているところは、鮎川御大の長編よりも「魔術王」の舞台の方がふさわしく、またこの事件の魅力を十二分に引き立てているように思えるし、また著者自らトリックがカブってしまったと告白している「ルームシェア 私立探偵・桐山真紀子」にしても、古典的ともいえる定番トリックをタイトルにもなっている現代の舞台へ見事に当てはめ、現代社会の縮図を描き出しているところに現代の本格としての風格と魅力を自分などは感じてしまうのですけど、本格理解者からするとやはりこういう愉しみ方は御法度、なんですかねえ。
あとネタ的に愉しめるのは、北方氏に嘘発見器を仕掛けて遊ぶ「嘘発見器」の回で、馳氏が北方氏におくる21の質問がナイス。最初の質問こそ「あなたは小説家ですか?」とか、いかにも普通のものながら、「マセラッティが納車されてすぐに事故って車を大破させてしまい、次の日に取材が来るというので新しい車に買い換えたというのは本当ですか?」などと、初心者マークのマセラッティをブイブイいわせていた過去を暴露。果たしてこれらのあまりにアンマリな質問に嘘発見器はどのように反応したのか、――このあたりは是非とも実際に本書をあたって確認していただきたいと思いますよ。
CDはまだ全て聴いていないのですけど、乱歩の肉声が聞けるというレアぶりを考えれば、まさに買い、の一冊といえるのではないでしょうか。