傑作。ジャケ帯に乙一氏曰く「これは愛の短編集だ」とある通りに、様々な対象への愛が語られている傑作揃いながら、これが怪談というカテゴリに括られているのが興味深い。東氏が牽引している最近の怪談文学の懐の深さに幻想文学のファンとしては感謝感激、怪談という意匠はどうあれこういった傑作を一冊の本として讀むことが出來るの嬉しい限り、ですよ。
収録作は、輪廻をモチーフに父娘、母息子の宿業を叙情的な語りで描いた「長い旅のはじまり」、井戸に住んでいる謎女に魅了された男の美しき因果譚「井戸を下りる」、日野日出志ワールドを彷彿とさせる舞台に人間の恐ろしさを際だたせた「黄金工場」、命を賭して天才謎娘が仕上げた未完のものとは「未完の像」、因果村を襲う怪異をスプラッター風味で盛り上げる「鬼物語」、語り手と謎の鳥との關係に乙一的なロマンチシズムで極上の幻想譚へと仕上げた「鳥とファフロッキーズ現象について」、今際の際の母子の會話を端正な筆致で描いた「死者のための音楽」の全七編。
山白朝子でググっていたら、何だか著者の山白朝子は覆面作家でその正体は乙一氏、なんていう話というか噂を見つけたのですけど、確かに全編にわたって乙一を彷彿とさせる風格がビンビンに感じられます。
語りの技巧に目をやれば、冒頭の「長い旅のはじまり」からして、語り手となる坊主のですます調と、物語の鍵となる少女との會話における語りの差異によって、語られる物語の内部と外部に線引きを施して怪談という語りの枠組みを意識してみせた構成や、最後の台詞の一言によって、輪廻というモチーフから親子の關係を最大限に際だたせてみせるところなど、とにかく技巧技法をフル稼働した結構ながら、簡明にして美しい文体を駆使してそういったつくりものらしさをマッタク感じさせないところなど、確かにマンマ乙一氏の作品といっても誰も疑わないのではないかなア、と思わせるほどの一級品です。
「長い旅のはじまり」では、最後の台詞の中の「仲睦まじい様は……」というところで、一息に輪廻によって語られるべきであった愛のかたちを語り尽くしてしまううまさなどに、個人的にはもう完全にノックアウト、續く「井戸を下りる」は、井戸の中に美しい女がひとりで暮らしているという奇天烈な発想とともに、ここでは不在の場所から自らの子供に向けて語りを始めるという結構にうまさが光ります。
高利貸しの親父のボンボンが井戸の下に住んでいる謎女に惚れてしまい、――というところから、やがてこの女の正体が明かされていき、必然的に訪れるある別れを引き金にカタストロフへと流れる展開はおおよそ予想の範囲内ながら、そのあとこの語りに凝らされた仕掛けによって、語り手の今いるこの場所が明らかにされるところでは思わずのけぞってしまいました。こういった語りの技巧の素晴らしさを鑑みれば、確かに作者が乙一というのも大いに納得、……って完全に作者の山白氏を乙一と決めつけてしまっています(爆)。
「黄金工場」は工場廃液が垂れ流されるご近所に住んでいる少年が語り手で、汚らしい工場周辺の情景を叙情的な筆致で描いてみせるところがステキです。この舞台、平山センセだったらトンデモないお話になりそうだよなア、なんて考えてしまうのですけど、個人的には何故か日野日出志的なキワモノのスメルを微妙に感じてしまいましたよ。
廃液を浴びると生き物は黄金になってしまうという法則を発見したボクは、――というところから、ここにもう一人トンデモない世界崩壊を引き起こす人物を登場させて、最後のブラックな幕引きとするところは黒乙一的といえば確かにその通り。不条理と叙情が融合した物語世界に黒いオチが秀逸で、収録作の中ではホラーのジャンルでくくった方が一般の理解を得られるかな、というかんじの一編でしょうか。
個人的に一番好きなのは「鳥とファフロッキーズ現象について」で、突然我が家にやってきた謎の鳥と暮らす女性の物語。小説家の父の非業の死にまつわるイベントも添えて、謎の鳥の怪異が描かれていくのですけど、物語の軸となっているのは語り手とこの鳥との悲哀を交えた関係で、鳥がある人物に仕掛けた行為にミスディレクションを効かせて、それを最後の盛り上がりに繋げていくところなどの技巧も素晴らしければ、語り手がある決意をして鳥にアレをするところなどの場面も印象に残ります。鳥と語り手との不思議な關係には確かに乙一っぽい雰囲気もイッパイに感じられ、……ってシツコイですね(苦笑)。
表題作「死者のための音楽」も、母と子の対話を不在の場所から描いていく作品で、「井戸を下りる」と同様、この語り手が今いる地点へ物語が立ち戻ってきたところでイッキに悲哀を盛り上げる技法が見事に決まっています。これによって子供の語りにこめられた思いと母の語りの最後の一行に添えられた願いが決して交わることなく、哀しくも美しい余韻を残すところも一級品の風格で、新人作家とは思えない堂々としたところはこれが乙一の新作といっても、……って、結局最後まで乙一、乙一とそればかりを繰り返してしまいましたけど(爆)、乙一ファンであれば、このほとんど乙一といっていい作風は絶対にツボだろうし、また幻想文学の逸品を堪能したいという方であれば、必ずや満足出來る逸品だと思います。怪談のカテゴリだけで愉しむのはもったいない、乙一ファンのみならず(だからシツコイって)、幻想文学ファンも大満足の一冊で、オススメ、でしょう。