傑作。實は中盤あたりまで讀んでいる間はチと冗長じゃないかなア、なんて感じていたんですけど、最後の謎解きの切れ味に頭はクラクラ、さらには最後の最後に明らかにされる女王のアレの眞相も洒落ていてそんな不満もスッカリふっ飛んでしまいましたよ。
物語は何だかいきなり探偵江神が怪しい新興宗教の本山に囚われの身となっていて、……みたいなかんじで始まるものの、火村シリーズのニヒルぶりとは対照的にアリスも含めたメンバーの若々しさも期待通り。で、件の宗教屋敷というかテーマパークみたいな総本山へ乗り込むこもうとするものの、どうやら宗教団体の方も訳ありの様子でなかなか江神に会うことはかないません。
中盤前にどうにか皆でご対面となるものの、団体の連中が絞殺、銃殺と立て續けに殺されていくという展開は定番の結構をトレースしたものながら、宗教屋敷に閉じこめられたメンバーが脱出を試みてのドタバタを演じてみせたりとガチの本格ミステリの風格とは離れたところで妙な盛り上がりを見せるところはチと苦笑(爆)。
現在進行形で語られている宗教施設内での連續殺人が一番の見所ながら、メンバーがこの村に辿り着いた時に語られる過去の密室殺人も忘れてはならないところでありまして、最後の謎解きではこの過去の事件が様々な意味で現在の連續殺人事件と連關を見せていきます。
宇宙人再臨の待機場所となっている聖洞の見張り番が絞殺され、監視カメラのテープが持ち去られているわ、書きかけのダイイング・メッセージまがいのものが残されていたりと、定番尽くしのアイテムがぞろりゾロリと披露されるものの、本作で秀逸なのはやはりロジックの切れ味でしょう。
一番力を入れて語られるのは銃殺事件で、凶器を犯人はいかにして持ち込んだのかが明らかにされるとともに、その眞相によって過去の密室事件と現在の連續殺人が見事な連關を見せるロジックの美しさが素晴らしい。個人的には一応かなり真面目に推理しながら色々と考えてみたのですけど、自分はこの凶器の持ち込み方法がどうしても分からず眞相に辿り着けなかったゆえ、これが明らかにされた瞬間に過去の事件のアレがアレだったと探偵江神が解明してみせるところでは口ポカン。
花火に銃声とくれば普通のミステリファンであれば當然に思い至るあるトリックもしっかりと語りながら、犯人の本当の意図がアリバイではなく、ある強烈な動機であることが明かされるところもいい。この定番の本格ミステリらしくない犯行の歪さを、事件の舞台となっている独特の宗教施設というところへ絡めつつ、犯人の動機を語ってみせるところも堪りません。
そしてこの動機の奇天烈ぶりとともに、敗北した犯人となかなか姿を現さない「女王」の意味を照応させている結構も完璧で、犯人の退場のアッサリぶりと同様、このあたりを意外にさらりと描いて終わりにしてみせるストイックさも有栖川氏らしいな、と感じた次第。これが京極氏だったらこの動機の奇天烈ぶりだけで後半を延々とネチっこく展開させたりしたのではないかなア、なんて思いました。
事件の結構としては過去の密室、銃殺、絞殺と原理主義者が拍手喝采を送りたくなる派手派手しさに目を惹かれるとはいえ、本作では探偵が傍点つきで強調してみせる通り「三つの殺人は完全につながっている」ところがロジックによって解明される構図の美しさに大注目でありましょう。
様々なトリックを凝らして一人また一人と殺していくのではなく、三つの殺人にはしっかりとした連關があり、その犯行方法を例えば銃殺に用いた凶器や盗まれたビデオテープというブツから精緻な推理を重ねていくことによって事件の構図が見えてくるという結構は正に本格ミステリならではの美、といえるのではないでしょうか。
なので、最近の石持氏のような顛倒ロジックとはまた違った、精緻な推理の課程を堪能する風格である本作では、犯人がコロシに絡めて行った様々な行為から巧みな推理の積み重ねによってその意図が炙り出されていく経過をじっくりと讀み進めていくのが吉、でしょう。
何しろ時代背景がずっと昔、バブルのあたりということもあって、そもそもが「ところで、インターネットって何だ?」なんて言葉が出てきてしまうところが妙な感じで、ITバブルの申し子ハッシーのアレっぷりを大フィーチャーしてみせた前作「乱鴉の島」と比較すると、この物語の中で描かれた時代のその後を知っている讀者としては、メンバーたちが大學を卒業した後の将来を語ってみせるところなどに、何ともいえない郷愁を感じてしまいます。
個人的には有栖川氏の作品では、火村の心の闇と探偵としての宿命に興味がある自分としては江神シリーズに大きな思い入れはないものの、それでもこれだけの年月が経っているにも関わらず、以前とまったく変わらない瑞々しい筆致でアリスたちメンバーを描いてしまう氏の筆裁きにはかなり吃驚してしまいました。
連續殺人とはいえ、ひとつひとつの犯行をブツ切りにしてゴロンと並べてみせたような作品とは大きく異なり、犯行の行為ひとつひとつが繋がりを見せている事件の構図の組み立て方や、その連關が過去の密室殺人の眞相を明かしてみせるとともに、犯人の奇天烈な動機に繋がっていくところなど、構築された事件の美しさ、そしてそれを明らかにしていくロジックの手際の美しさが光り、このあたりは過去の江神シリーズよりも洗練されているように感じました。
その一方、今年の傑作である三津田氏の「首無の如き祟るもの」や石崎氏の「首鳴き鬼の島」などに比較すると、バブルの時代という物語の背景もあってか、妙なレトロっぽさを感じてしまったのは自分だけでしょうか。昔を舞台にした作品とはいえ、「首無」や過剰さを孕んだ柄刀氏の「密室キングダム」ではこういう雰囲気は感じられなかったので、或いは本作に感じられたこのレトロっぽい雰囲気こそは端正な本格が有している独特の風格なのかもしれません。
以下、ネタバレになるのでさりげなく追記。
三津田氏の「首無の如き祟るもの」では、首無し屍体のトリックの「仕込み」を、現在進行形の事件の時間軸から切り離すことによって、その「仕込み」の存在を読者の視線から遠ざけるという技巧が光っていた譯ですけど、本作の凶器の隠蔽と持ち込みも同様な「仕込み」によって行われているところに個人的にはやられた、というか。本作ではあからさまに過去の密室殺人事件の中で凶器の消失が語られているというのに、現在進行形の連續殺人との連關を見いだせずに、凶器の持ち込み方法に思い至ることが出来なかった自分としては正に完敗、でありました。本作におけるこのあたりの事件の組み立て方は本當に素晴らしいと思います。