追悼、西村寿行――ということで、手持ちの作品を一冊ずつ再讀しているのですけど、名作「犬笛」の次は硬派に「白骨樹林」あたりかなア、なんて考えていたものの、先日讀了した大石氏の最新作「人を殺す、という仕事」の解説の中で、敬愛する千街氏が大乱歩と寿行、大石氏の三人を「同じ血の眷属」と並べていたところが興味深く、それを確認する意味でも人間のエグさと暗い欲望を大放出させた本作を今回は手にとってみた次第です。
収録作は、男女をガラス張りの部屋に監禁してその様態を観察するというマンマ狂気と監禁を主題に人間の暗黒と無常を描き出した表題作「症候群」、山奥の荒ら屋で女が日本猿の集団に獣姦されるという、あまりにエグ過ぎる趣向に頭がクラクラしてしまう「・葎見の貌」、癌のために男根様を切除してしまった男が宦官を志願、妻と若男との暗黒三角形が地獄を召喚する「魂魄さながら幽鬼なり」、田舎の非情、動物と人間との交流が幻想小説の高みに至る傑作「馬鳴神」、とあるコロシに詩情溢れる動物と人間との連關を描いた「濁流は逝く者の如し」の全五編。
本作は前半にエグ過ぎる作品を配し、後半に徳田刑事シリーズでシッカリと纏めてみせるという構成も好印象の一冊ながら、とにかく前後半とのギャップの激しさに普通の人がイッキ讀みしたら卒倒してしまうのではないかという氣がします。
まず冒頭の「症候群」からして寿行ワールドの狂氣は完全にレブリミット。大石氏の作品の中では「飼育する男」にも通じる監禁がテーマながら、あちらがハイセンスな小説世界を構築していたのに對して、本編の舞台となるのは田舎も田舎の山奥で、冒頭、全裸の女が山中で屍体となって發見されるところから始まります。
果たしてこの女は何故全裸で山ン中にいたのか、という謎を添えて進むのかと思いきや、いきなりこの犯人が登場して、その狂氣を滔々と語り始めます。山中に迷っていた兄妹を監禁し、二人が性に目覚めるまで観察を續けてみたいという欲望も完全に常軌を逸していれば、今度は子供では飽きたらず、やはり理性を持った大人の男女で試してみたいと暗黒のの狂氣はとどまるところを知りません。
頭は足りないながらも怪力の大男を下僕とし、探偵小説などではお馴染みのマッドサイエンティストさながらに強化ガラスの檻を制作し終えると、車の故障を装って声をかけた男女を拉致、とメリケンホラーのようなやり口でコトを終えるや、さっそく件の檻に閉じこめての人間観察がスタート。
大石氏の小説と違うのはやはりその語りの視点でありまして、大石ワールドでは一人称で犯人の内心をじっくりと語っていくというスタイルが定番なら、寿行センセの場合には犯人と監禁された登場人物のいずれに偏ることもなく、例の短いセンテンスで淡々とそれぞれを描いていくところがかなり怖い。
さらにこの犯人の野郎が精神医学に精通していてかなりの知識の持ち主でありながら、自分が狂っていることがシッカリ分かっているというところも恐ろしく、監禁された者が次第に狂っていくところを下男に淡々と説明していくところもまた最高。
男根様に四文字言葉までをズラリズラリと並べて人間の狂態を活写した「症候群」の凶悪度もかなりのものですけど、續く「・葎見の貌」も凄まじさという點では「症候群」に勝るとも劣らずという逸品で、日本猿の集団に人間の女が獣姦されるという悪夢的な情景はまさに寿行ワールドならでの強烈さ。
おまけに間男と駆け落ちした妻を、殺されかけた旦那が山奥まで追いかけていくという、男の執拗ぶりもたっぷりと描かれているところも本編の見所で、山奥の荒ら屋で日本猿の集団に犯される妻の狂態を目の当たりにして復讐を果たしたと歓喜した男が、やがては自らも狂氣に取り憑かれて破滅していくという悪魔的な構成も素晴らしい。
「魂魄さながら幽鬼なり」はキワモノマニアにもオススメしたくなる一編で、エリートサラリーマンだった男が陰茎癌に罹ってアレを切除、男根様を失った男は妻を抱くことも出來なくなり、……となればその後の展開はおおよそ察しがつくというもので、案の定妻は若い男と……となるのですけど、本作では夫が欲求不満の妻に若い男を宛がったところからやがてはこの若い男が本気で奥様を好きになり、宦官男は妻と若男の奴隷となってしまいます。何だか綺羅光の小説にもありそうな展開から惡魔主義の横溢したダウナーな結末へとなだれ込むものの、達観した妻と主人公の死に顔を題名に絡めて締めくくる幕引きも秀逸です。
「馬鳴神」と「濁流は逝く者の如し」はいずれも事件の背後に動物と人間の交流を描いた徳田シリーズで、「馬鳴神」ではタイトル通りに馬、そして「濁流は逝く者の如し」は川の中のあるものを事件の構図に配し、人間の罪や裁きを超越したところで寿行氏らしい無常感と宗教的ともいえる主題を際だたせた傑作です。
山の中で嘶く馬や、暗い川の中を少女とともに泳ぐ主といった詩情溢れる情景も印象的で、事件の謎解きも添えつつミステリ的な結構を保ちながら、個人的には上質な幻想小説として評價したくなる逸品です。また謎の解明を行う狂言回し、徳田の視点が独特で、大きく事件の内実に踏み込むことなく、その構図を解き解したあとはただ静かに立ち去るのみという立ち位置も素晴らしい。
この徳田シリーズの二編を讀了したあとの余情もまたジックリと堪能したい一冊ながら、前半に収録された「症候群」と「・葎見の貌」があまりに強烈なゆえ、萬人にオススメは出來かねるものの、強烈な読書体験をしてみたいという方は是非とも手にとっていただきたすいと思います。