「CRITICA」第二号をようやく手に入れて讀むことが出来ましたよ。今回は創刊号を遙かに凌ぐ充実ぶりで、巻頭の第一特集「続・第三の波の帰趨をめぐって」からしてもう、こちらの期待通りというかそれ以上というか、本格理解「派系」作家の宿敵でありまた天敵でもある千街、千野両氏の言葉の激しさにタジタジとなってしまいます。
個人的には第二特集である横溝正史論を期待して購入したのですけど、何だかヘタをすると千街氏の激烈に過ぎる一編「崩壊後の風景をめぐる四つの断章」を取り上げるだけでもかなりの長文になってしまいそうなので、とりあえず今日はこれだけを紹介してみたいと思います。
タイトルに断章とある通り、何か一貫した主張を持ってアジテートするという形式ではなく、その内容を簡単に纏めてしまえば、本格理解「派系」作家の首領を批判するとともにつずみ綾嬢の「教養貴族」ぶりを晒しあげ、最後に件の「X騒動」における評論家たちも含めた昨今のミステリ批評業界について一言申し上げる、というものです。
個人的には、「X騒動」の渦中に有栖川氏の論考に流されるばかりだった批評家に對する千街氏の意見には色々と思うところも多く、考えさせられたのですけど、内容の殆どは首領とつずみ嬢への批判だったりするのでまずはこのあたりを引用しつつ紹介しますと、それぞれの節のタイトルも相當に強烈で、「二階堂黎人の場合、あるいは幻滅の書」とか「つずみ綾の場合、あるいは貴族僭称」とか、もうこれを見ただけでもおおよその内容は予想出来てしまうほどのハジけっぷり。で、暴露話も添えた内容に目をやると、例えば件の「X騒動」における首領については、
私はかつて、ある評論家が、「二階堂さんと話をしていると、二次元の存在と喋っている気になる。みんなが三次元の水準で喋っているのに、一人だけ話を理解出来ないで、自分でも理解出来る話の水準に下げたがるんだよ」と話しているのを聞いたことがある。
と、アマゾンの『島田荘司 very BEST10』では、御大のトリックが「視覚的かつ立体的」であると賞賛していた首領の存在そのものを立体どころが「二次元の存在」と平面キャラであるかのごとくとみなしている「ある評論家」の言葉を紹介してみせたかと思うと、「X騒動」の渦中の議論スタイルについても、
果たして、『容疑者Xの献身』の論争が始まると、二階堂は大方の予想通りの言動を炸裂させはじめた。結論先行、自説の矛盾は認めない、何を言っても思い込みをもとに低い水準で勝手に解釈する。それでいて自分だけが真実を知っているとばかりに常に”上から目線”でご託宣を垂れる――駄々っ子さながらの言動は、評論家は無論のこと、作家や読者の目にも異様と映ったようだ。
とこれまたアマゾンの『島田荘司 very BEST10』では自らがセレクトした五作を「立体的なトリックが炸裂する傑作」と絶賛していた首領が、トリックでなく「大方の予想通りの言動」を「炸裂」させていたと指摘。このあたりはまだまだ序の口で、千街氏の毒舌はその後もますますエスカレート。
特に本稿では、首領の傑作「吸血の家」と同様、本文に添えられた注釈にもシッカリと目を通してもらいたいところでありまして、例えば、
『容疑者Xの献身』支持派と相容れない姿勢を明らかにするため、二階堂は『本格ミステリ・ベスト10』と絶縁している。その姿勢を貫き通せば潔いと言えるのに、『人狼城の恐怖』(講談社文庫版)が久しぶりに重版された際、帯には『本格ミステリ・ベスト10』の「1996-2005 オールベスト「本格」ランキング」で四位(読者投票では三位)だったことがぬけぬけと記してあった。もちろん作家が文庫の帯のキャッチコピーまで責任を負うわけではないが、たとえそれが版元の勝手な判断だったとしても、果たしてそれを修正させようとしたのだろうか。「本格無理解者」が大半を占める探偵小説研究会が主催する『本格ミステリ・ベスト10』は信用出来ないと言いながら、自分に都合のいい投票結果だけは平然と受け入れるあたりが二階堂らしい。
と「人狼城」が復刊された時には誰もがアレ?と思ったに違いないジャケ帯のアレについてもシッカリと指摘してみせるという隙のなさを見せれば、件の騒動が進むにつれ「作家を含むミステリ界全体の視線も、二階堂に対して冷ややかになっていった」といいながら、そこにはキチンと括弧つきで「(たぶん本人は全く気づかず、作家は多少の意見の違いはあっても自分の味方だと思い込んでいたかも知れない)」と首領の内心を詮索し、ダメ押しとばかりに、
それでもまだ、いわゆる業界内での視線はましな方だったろう。作家と違って今後二階堂とのつきあいなどに気遣う必要が全くないウェブ上のミステリ系サイトなどでは、二階堂の評判は地に堕ちた状態だった。それも、見ていて笑える対象として。
と、讀者やマニアからは單なる「イタい人」としか見られていなかったと纏めてみせます。しかしこれらの「何を今更」なことは所謂プロローグに過ぎず、このあとは南雲堂からリリースされたムック「本格ミステリー・ワールド2007」へと話が進みます。
ここでは、首領が本格理解者、無理解者を選別しつつ、作家と評論家にもあからさまな区別をしていると「二階堂らしいダブルスタンダードが発揮されている」とツッコミを入れ、島田御大の巻頭言についても「これがどこから突っ込んでいいのか困る文章」で、ベストテン選出について御大が疑問を呈した箇所についても「異存」は「大あり」だと、黄金の本格をウリにしたこのムックの成り立ちも含めての意見を述べています。
どうにも首領批判の言説ばかりに目がいってしまうのですけど、しかし千街氏は何も首領だけをメタメタに批判している譯ではないところにも着目すべきで、例えば「本格ミステリー・ワールド2007」の原稿依頼が来た時点でかなりの作家が戸惑っていたという事實を挙げつつ、
しかし、ここで私は不思議に思うのである。そこまでこのムックの仕上がりに不安を覚えていたというのであれば、「二階堂に引っかき回されるくらいならば自分がやる」という作家が、何故一人も出てこなかったのだろう?
と逃げ腰で、現在の本格ミステリーシーンの低調に頬被りを決め込んでいた作家たちと對比しつつ、首領の行動力「そのもの」は評價してみせます。
二階堂の本格観、ましてや評論観には大いに疑問があるが、それでも、少なくとも彼は自分で積極的に動いたのだ。その行動力は認めないわけにはいかない。自分が監修では売り上げに繋がらないから島田荘司を前面に出すという発想も、企画発案者としては当然至極のものだろう。それに対し、二階堂の意図に積極的に賛同した作家は少数派であり多くは「後々のつきあいを考えれば波風を立てたくない」という理由により、いとも消極的に協力した。彼らの中には、私相手に「二階堂のトンデモ発言は何とかならないのだろうか」と個人的に愚痴をこぼしていた作家も複数含まれている。
それでも結局は首領のトンデモ発言を取り上げてその評價も台無しにしてしまうというドンデン返しはアレながら、この「愚痴をこぼしていた作家」も個人的にはどうかと思いますよ。「本格無理解者」の千街氏の説得に応じる度量を首領が持ち合わせているのであれば、そもそもこんな「X騒動」なんて起こらなかった譯ですし、そうなるとやはりここは以前も述べた通り、首領の周囲に群がる本格理解者のお仲間に相當の問題アリ、と考えるべきでしょう。
そもそも首領の発言はトンデモだ何だ、という方々だって、首領が小説はともかく評論や論争を行う際の言説や論旨の展開に關して言えば相當の問題があることは分かっている筈です。だとすれば、そんな首領のことですから、自分が頭で考えていることをキッチリと他人に伝えることが出来ていないのではないかと類推することも可能な譯で、だからこそ彼の取り巻きである本格理解者の方々が首領の眞意をシッカリと「翻訳」して世間に伝えてあげる義務があるのではないかなア、と思うのですが如何でしょう。
それもやらずに、ただただ首領は凄い、首領は神とばかりに崇めたて、ちょっとでも批判をすれば「プロに対する礼儀」を知らないなどと言って相手を罵るというのは如何なものかと思うし、本当に首領の仲間であるというのであれば、こういう苦境の時にこそ声を上げて首領の眞意を伝えつつ、そのマズかったところはシッカリと自省してみせるという態度も必要なのではないかなア、なんてボンクラのプチブロガーは考えてしまいます。
まア、これに關しては首領にも大いに自覚してもらいたいところでありまして、果たして自分の取り巻きのイエスマンばかりが眞の味方なのか、そのあたりをようく考えていただきたい次第ですよ。本格無理解者といえども、首領の作品の評價については、例えば天敵である達人巽氏だって「人狼城」を評價しているのだし、新たに探偵小説研究会に加わることとなった川井氏もまた「論理=遊戯」の中で、首領の「猪苗代マジック」を「共犯者問題の変種に正面から取り組もうとした例」として挙げています(「論理=遊戯」はこれまた素晴らしい論考で、後日、別のエントリで取り上げてみたいと思います)。
まさかいくらなんでも、「本格無理解者の意見は全て間違っているのだから、巽氏が傑作というのであれば、私の代表作である「人狼城」は本格ミステリではない駄作に違いない。グアォドバババアアァ!」なんて言う筈もないし、本格無理解者といえどもシッカリとした評価軸を持って作品を取り上げているのだということは首領にも理解してもらいたいと思いますよ。
しかしこの千街氏のイヤキャラぶりは尋常ではなく、個人的には「こんな千街氏見たことない!」とブッたまげてしまったのですけど、こういう黒キャラも持ち合わせていたとなるとやはり竹本氏が「ウロボロスの純正音律」で描いてみせたイヤキャラ役の千街氏の姿というのも案外、……なんて言うとまたまた不本意であるとの指摘を受けてしまいそうなのでこれくらいにしておきます(爆)。
――って、ダラダラと引用しつつ書いていたら、軽くいつもの二倍の枚數になってしまったので、千街氏がつずみ嬢に關して批判しているところを紹介することが出来ませんでした。これについてはつずみ嬢の訪台ネタなども軽く添えつつ、次のエントリで述べてみたいと思います。という譯で、以下次號。