芦辺氏の歴史的傑作「紅楼夢の殺人」の文庫化、そして昨日の「もろこし銀侠伝」と最近は中華モノづいているので、今日は中華モノのミステリでは忘れてはならない大傑作「妖異金瓶梅」を取り上げてみたいと思います。
収録作は足フェチ男の暗躍に奇天烈なバラバラ殺人も絡めて非情酷薄な犯行動機にド肝を抜かれる「赤い靴」、ボーイと御夫人の美尻對決を発端にこれまた口アングリな非情ぶりが秀逸な「美女と美童」、嬌声が魅力の御夫人が閻魔ならぬ大悪魔に舌を抜かれる非道ぶりが凄まじい「閻魔天女」、グルメ夫人の奈落の構図にウップオエップな屍体消失を扱った「西門家の謝肉祭」。
毒蜂に刺された發狂夫人がおそるべき奸計に堕ちる「変化牡丹」、インチキ錬金術師の訪問から淫賣女が罠に嵌る「餓鬼」、女の香しい体臭をネタに御大のスカトロネタがステキに弾ける「麝香姫」、亡き夫人の肖像画に超夢中のご主人を呪縛から解き放つトリックとは「漆絵の美女」、麗しき眸の生意気夫人がピーピングトムの奸計に嵌る「妖瞳記」。
パツ金の異国美女の来訪が最後には怪異へとハジける「邪淫の烙印」、お触りプレイの喜悦に目覚めたご主人のお遊びが盲目夫人の生き地獄を惹起する「黒い乳房」など、ボーナストラックの「人魚燈籠」も含めた全十六編。
本作の結構でやはり注目なのは、連作短編としての犯人像で、巻末の解説で日下氏が引用している高木御大の紹介文の中でも伏せられているゆえ、ここでも敢えてその名前を挙げることはしませんけども、シリーズを通して犯人と探偵をこのような形式に纏めてあるところがまず秀逸。
物語はまず奇天烈な事件が展開され、時にはその犯人もハッキリと明かされるものの實はその事件には裏があって、――という構成で、犯人の設定がこれだからこそのハウダニットに焦點を當てた謎解きがまた素晴らしい。
もっとも連作短編としてのこの構造に氣が付くのは一編、二編と讀み進めていってからで、事件の猟奇ぶりでも衝撃が十二分な冒頭の「赤い靴」では、犯人の非情酷薄な動機にまずド肝を抜かれてしまいます。
ドンファンのご主人が幾人もの夫人をはべらせてという金瓶梅ワールドから、とある人物を犯罪構図の中心に据えて、凄まじくもまたこの物語世界ならではの吃驚な動機で御夫人方をはじめとした登場人物たちがトンデモない目にあってしまうというこのシリーズの結構を描き出してみせた「赤い靴」は、陵遅処死のショーがあるから皆で見に行きましょう(オエッ)、なんて暢気に盛り上がった一行が後日、猟奇的なバラバラ殺人事件に巻き込まれるというお話です。
事件には御夫人の美脚が大好きという脚フェチ男を配して、ここに素敵なトリックが開陳される譯ですけど、トリックより何より、やはりまずはこのあまりにアンマリな動機に大注目、この非情ぶりが明確な本格ミステリの結構を持った「黒い乳房」までガンガン續くところが本作の見所でしょう。
複合技を絡めたトリック自体は非常にオーソドックスなものながら、これらをこの物語世界にシッカリと馴染ませ、時には二重三重の奸計と誤導を仕掛けているところが素晴らしく、「餓鬼」ではインチキ錬金術師の来訪に、いかにも香具師っぽいトリックも添えて、後半のコロシでは犯人が仕掛けた二重三重のミスディレクションが炸裂します。
矢で体を貫かれ、口には卵をくわえて死んでいたという奇天烈な屍体の謎について、探偵が明らかにする眞相には完全にノックアウト。事件の状況からして登場人物も含めて、このあからさまな凶器に目がいってしまう譯ですけど、この罠をかいくぐって探偵が「氣付き」を披露した後に眞相へと至る糸口を見つけていく過程も、推理の中でシッカリと語られているところは好印象。
「赤い靴」でもある人物のホンの一言から推理が大展開されるし、このあたりの転換も見事なら、この犯人ならではの、目的と結果に絡めた転倒もまた素晴らしく、「西門家の謝肉祭」は、一見すれば犯人がグルメ夫人を駆逐するという悪魔主義の横溢した物語ながら、そもそも事件が先だったのか、それとも屍体の処理でアレすることが本来の目的だったのかと頭を抱えてしまうような眞相には完全に口アングリ。
さらにこの目的の為であれば、どんな苦痛も厭わない犯人の徹底ぶりも凄まじく、目的の転倒に絡めてこの犯人の性格が奇天烈な犯罪計畫を明らかにする「変化牡丹」の眞相も弾けています。
ここでは蜂に刺されて顔を腫らせた高慢夫人がヒドい目に遭ってしまうのですけど、このトリックを実行する為に犯人がなしたことの凄まじさを思うと思わず体が震えてしまいます。これ、普通だったら絶対に出來ないと思うのですけど、「赤い靴」から四編も讀み進めていけば、案外この犯人だったらこれくらいのコトはやりかねないよなア、なんて納得してしまうところが御大の強引マジック。とにかく奇天烈なアイディアだけでグングンと押し切られてしまいます。
後半、この物語世界の中心にいたドンファンがアレしてしまってからは、このシリーズを貫いていた登場人物の背景が前に出てきて、最後はトンデモな一大スペクタクルへと弾けるのですけど、腹黒いところもありなが飄々として憎めない探偵も含めて、犯人に人生を振り回された者たちの結末は何ともいえない余韻を残します。しかし「死せる潘金蓮」の後半、「少年たちによって立てられた棺桶の箱の中に、すっくと立っているひとりの女の姿を見」るところでは、何故か楳図センセの「漂流教室」でミイラをアレするシーンを思い出してしまった自分はかなりアレ(爆)。
この物語世界ならではの奇天烈トリックと、非情酷薄な動機のアンマリぶり、さらには本格ミステリにおける犯人像の独自性など、まさに歴史的傑作というべき一冊でしょう。オスメです。