基本はいくらボコられてもクジけない探偵を主人公としたハードボイルドながら、大富豪一人が所有しているタイムマシンによって世界が改変されてしまうという設定が絶妙な効果を上げている短編ばかりで、個人的には堪能しました。
収録作は、タイムマシンを所有している大富豪からこの世に存在するもう一つのタイムマシンの調査を依頼される「昨日のない明日」、依頼人が目の前で別人にすりかわってしまうという吃驚ネタ「暗闇の女」、タイムマシンの効果で凶悪犯が無実になってしまったというトンデモな事態が發生する「空白の殺人者」。
現実の改變に人はどう対処できるのか、というあたりのサイコネタが冴える「凍った炎」、目の前で殺された女がもう一人存在していたというトンデモネタにハードボイルドの結構が冴える「復讐の女神」、ある日パパとママが違う人になっちゃったという救援信號に探偵が立ち上がる「子供の冒険」、執拗に命を狙われる探偵に悲劇的な結末が襲う「真夜中の死」、そして慟哭の前編から感動的なハッピーエンドでしめくくる「わが最良の時」の全八話。
一応、長編ということらしいのですけど、それぞれはひとつのエピソードでまとまっているので連作短編として讀むことも出來るという構成で、ハードボイルドの規定通りにボコられてもボコられても復活するタフガイ探偵を主人公に、この世界で唯一タイムマシンを操ることが出來る大富豪、そしてその大富豪から探偵の元に派遣された鉄火娘の三人がメインキャラ。ここに様々な人物の人生を絡めて物語が展開されるという結構です。
第一話「昨日のない明日」は、ミステリ的な反轉が最後に明らかにされるところが素晴らしい作品で、探偵に調査を依頼してきたのはかの大富豪。何でも自分のほかにもタイムマシンを操っている輩がいるらしいのでそいつを調べてもらいたいと言うことなのですけど、冒頭にさりげなく出てくるアイテムによって、タイムマシンを使ったことによって世界が改變されてしまうという、異化作用なる現象を巧みに説明しているところもまた巧みで、最後はこのアイテムから見事な反轉の構図が明らかにされるところもうまいな、と思いました。
第二話の「暗闇の女」は、依頼主が突然異化作用で別人に変わってしまうという現象を目の当たりにした主人公が、それでも納得がいかずに依頼主の周辺を調べていくと意外な事実が明らかになっていき、……という話。鉄火娘にボコられながらも、だんだんといいカンジになっていくところはこのテの作品では定番ながら、これが後半の二話で展開される物語の伏線になっている結構は秀逸です。
第三話の「空白の殺人者」も、異化作用によって生じた異常な事態を調べていくというものながら、殺人犯がマッタクの無実の人になってしまうというところからその作用のを引き起こした所以を解き明かしていくという物語。殺人犯にネタがありそうと思わせつつ、それが探偵の調査によって次第に捻れた犯罪構図を見せていくところや、「過去が自在に変えらてしまう世界で、探偵に何ができるというのだろう?」というジャケ帯にもある言葉通りに、無常観溢れる幕引きも素晴らしい。
第四話の「凍った炎」だけは、収録作の中ではちょっと毛色の異なる作品で、モデルの失踪事件を調べていくうち、異化作用に苦しむ人間の描写からエロとサイコをブレンドした物語が展開されていきます。ツンとすましたエロ醫者のアレな発明に、普通の男だったらやっぱりそういうことを考えてしまうよなア、と妙に納得してしまうところがちょっとアレ(爆)。
第七話の「真夜中の死」は、主人公の探偵が何者かに命を狙われるという、これまた定番の展開から次第に件のマシンがつくりだされた曰くと、それを操る大富豪の秘密が明かされていくという意想外の展開を見せていきます。第一話ですでにさりげなく登場していたアイテムに絡めて大富豪の正体が語られるところなど、物語前半に凝らした伏線にも関心至極、そしてこの話で主人公を襲う慟哭が最終話に絡んで来、感動のラストへと流れる構成がいい。
第八話の「わが最良の時」では、怪しい連中から提示された餌に釣られて主人公の探偵がある行動を決意する譯ですが、SFとハードボイルドの後ろに退いていた恋愛物語の骨格が風格に押し出され、最後は感動の幕引きでシッカリと纏めます。
物語の中では探偵がボコられたりドンパチをやらかしたりとド派手な展開も見られるものの、基本的にはこの世界の法則と仕掛けの中で探偵がとある眞相へと辿り着くというミステリ的な結構をもシッカリと備えているところから、ミステリ讀みでも愉しめると思います。