折原マジック効果。
第五屆人狼城推理文學奨受賞作、なんてことも關係なく、前作「名為殺意的觀察報告」で倒叙ミステリにアレを持ち込むという豪快トリックで魅せてくれた寵物先生氏でありますから、今回も恐らくは同じ趣向で來るだろうとかなり氣をつけて讀んでいったのですけどやはり騙されてしまいましたよ(爆)。
物語はというと、作者である寵物先生がとある女のところを訪ねていくと、彼女が旦那である程剛明と巡り會い結婚するに到ったいきさつを語り出す、というもので、旦那の名前は冒頭からシッカリ「程剛明」と明示されているものの、この語り手である女というのが名前を聞かれても、「我・希,當然就是程太太」なんていうかんじでハッキリと答えないところからしてもうムチャクチャ怪しい譯です。
で、話は十年前に二人が知り合うに到ったいきさつにはとある犯罪が絡んでいて、――なんていう前振りとともにこの事件が語られるという結構で、クラブに勤めているホステスのパートと、「程明的記事」という但し書きが添えられた男の場面とが併行して描かれていきます。
ホステスのパートでは自分をフった野郎の息子を誘拐し、「剛明的記事」の場面では自分の父親が自殺未遂を引き起こし、どうやらその原因が野郎にあることを知った剛明がその復讐を誓う、というもので、最後にこの二つの場面が繋がって、この事件の眞相が明らかにされるという趣向です。
タイトルにもある通りに運命の赤い糸というネタを絡めて、二人の男女の巡り會いを語る中に作者らしいアレ系のネタが炸裂する後半は見事で、ことに處女作「名為殺意的觀察報告」と比較すると、その語りのうまさには更に磨きがかかっているところも好印象。
「名為殺意的觀察報告」に見られたネタは秀逸ながら、中盤でネタの仕込みの為にやや冗長に流れていたところを、本作では聞き手を前にして語り手が十年前の事件を語るとともに、復讐する男の場面では客観的に見える記述に盗聴といったアイテムも交えて誘拐事件を外から眺めた視點で事件を描いていったりと、樣々な語りの樣式を混在させて事件を描いていくことにより、飽きることがありません。
「名為殺意的觀察報告」がいわば一本の太い線によってミスディレクションの仕掛けを凝らした作品だとしたら、こちらは複数の糸を巡らせて讀者の目を眞相から逸らしていくところが際だっているものの、實をいえば本作で使われているアレ系のネタは非常に古典的。
アレ系のミステリに古典的という表現をするのもヘンなのですけど、「名為殺意的觀察報告」では、台湾という地の利を活かした仕掛けで見事などんでん返しを見せてくれた作品であったのに比較すると、本作では古典的ともいえるネタを組み合わせて、讀者が誤誘導された偽の着地點からは大きく「ずれた」眞相を最後に明らかにしてみせるところが大きな個性といえるでしょうか。
地と表が壯大な反轉を見せる「名為殺意的觀察報告」とは異なり、偽の眞相から「ずれた」ところへ着地する本作の趣向はそれゆえ、驚愕度という點では「名為殺意的觀察報告」に讓るものの、上にも述べた通り複合技でこの奇妙な事件の眞相を描ききった本作の風格は折原ミステリを髣髴とさせ、眞相が明かされたあとに再び頁を戻ってその仕掛けの妙に感心するという愉しみ方もアリでしょう。
わかりやすさという點では、大きなどんでん返しを凝らした「名為殺意的觀察報告」に一歩讓るものの、冒頭に妻の名前を明かさないところや、樣々な人稱や源氏名が交錯する仕掛け、さらには「二つの犯罪」を暗示している語り手の告白など、アレ系獨特の怪しげな騙りによって、ミステリマニアの思考を先讀みしながら誤誘導を行う趣向には完全にノックアウト、本作も非常に愉しむことが出來ました。
ただ、折原ミステリを典型として、この趣向を突き詰めていくといたずらに技が複雜化していき、故にに大技ならではの驚きが減退していくというリスクもある譯で、このあたりを作者である寵物先生がどのように考えているのかに興味津々、個人的にはこの趣向を更に発展進化させ、中國語ならではのアレ系トリックを極めていってただきたい、と期待してしまうのでありました。