古典派改革大作戰。
傑作。第4回「本格ミステリ大賞」候補作でありながら、選評を見てもアンマリ評價されていなかったこともあって未讀でした。
落語の話と聞いていたので、公演の最中、それも衆人環視の中でのコロシかなア、なんて考えていたらノッケから狐のお化けが登場するわ、ド田舎で道路が寸断され嵐の山荘が現出、名人の後継ぎを巡っての連續殺人が發生して、と予想とはマッタク違った展開に頭がクラクラしてしまいましたよ。
物語は落語雑誌の新米編集者がワトソン役で、彼女が落語一門の取材を行うため現地入りするや、大雨の為にド田舎村は陸の孤島状態に。で、この引退を表明している名人の後継ぎは誰になるかということで、息子三人はやる気マンマン、しかしその一人が早速殺されてしまうと、あとは正史ワールドさながらに連續殺人が大展開。どうやらこのコロシには「七度狐」なる落語の演目に絡んだ見立てが行われているようなのだが、……という話。
ド田舎で後継者を巡っての連續殺人、という結構から正史の作品を思い浮かべてしまうのですけど、軽妙な文体によって綴られるゆえか物語の風格は重厚さとは無縁、非常に讀みやすいところがまずマル。
これがカーや正史といった古典を最大限にリスペクトする本格原理主義者だったら、おどろおどろしい怪奇趣味をマックスでブチ込むとともに、見立て殺人となればそのネタも聖書とかお伽噺とかの引用で衒學趣味も盛り込んで重厚感も二割増し、さらには超人探偵を現出させればワトソンのボンクラぶりもこれまた三倍増しにして、コロシには絶對に密室が必要とばかりにその舞台も旧家だの由緒あるお城であればモアベター、そしてひとたびコロシが發生すれば屋敷の住人をイチイチ集めてアリバイを詳細に検討するものですから、そのために關係者の証言が何十頁にもわたってダラダラと續き、結果としてノベルズで上下巻になってしまってもそれは構成がグタグタな譯でも文章が下手クソな譯でも決してなく、あくまで讀者に對してフェアプレイを挑まんとするためであり、……なんてことになってしまうのですけど、本作はこのすべてにおいてまったく異なるアプローチで見せてくれます。
個人的に秀逸だなと思ったのはその謎の鏤め方で、見立てを凝らした連續殺人とあれば、コロシの數も多くなるのは必然で、そのたびに關係者のアリバイ証言がダラダラと續いてしまってはたまったものではありません。
またコロシが密室だったりすると部屋の構造の検証がこれまた何頁にもわたって開陳され、窓だの扉だの鍵だの隠し部屋だのと探偵とワトソンに屋敷の住人も交えてワイガヤを初めてしまうというのがこの系統の作品の、正に定番の展開ではありますが、本作ではまず個々のコロシの仕掛けを非常にアッサリと纏め、また關係者のアリバイ証言なども輕くスルー、物語はあくまでテンポを重視して進みます。
また見立てのネタが「七度狐」らしいということが判明しつつも、その元ネタの内容が登場人物たちにもハッキリと分かっていないという設定も素晴らしく、コロシの發生とともに、元ネタの謎解きも平行して進められていくという構成です。
これだけ予想通りにバタバタと人が死んでいくと、流れは単調になってしまうものですけど、本作ではまず上にも述べた通りに見立て殺人の元ネタである「七度狐」の謎を要所要所に配してコロシの背景に興味をもたせつつ、また冒頭に描かれた狐の怪異も添えてみせたりと、コロシが發生すると次のコロシの間にまた一つの新たな謎を讀者の前に提示してみせるという気配りが絶妙な効果をあげていて、まったく飽きることがありません。
そのほかにも失踪した人間のものとおぼしき骨が見つかったり、その人物が書いたとしか思えないブツがコロシの現場で見つかったりと、過去の失踪事件と現在進行形のコロシを連關させる技も巧みで、こういった小技を効かせた結構によって事件の全体があぶり出されていく後半の流れも非常にスムーズ。
これが正史リスペクトの作品だったら、怪奇趣味もまじえて落語という藝の魔力に取り憑かれた登場人物たちの凄まじさをもっとモット前面に押し出した仕上がりになったのかもしれません。しかし本作ではあくまで輕さを第一とし、ワトソンとしては非常に優秀な主人公の活躍も相まって、徐々に「七度狐」と連續殺人の謎が明らかにされていく構成に無駄がありません。
確かにテレホン相談室だけで、あたかも現場にいるかのようにスラスラと現在進行形の事件を言い当ててしまう探偵の超人ぶりはアレだし、事件の鍵を握っている人物が何故アレなのか、とか疵とおぼしきところも散見されるものの、怒濤の謎解きが用意されている後半の盛り上がりにノせられて、讀んでいる間はそれほど氣にはなりませんでした。
事件の裏が畳みかけるように明かされていく謎解きも素晴らしく、この異様な動機には戰慄必至、さらにはこれに絡めてのエピローグもステキで、テンポよく讀めてしまう一方、讀後感の満足度と心地よい疲労感は格別です。
確かに嵐の山荘フウの結構から、おどろおどろしい内容や驚天動地空前絶後の犯罪物語を期待してしまう本格理解者の方には「超絶的にお勧め」とはいきませんけども、個々の事件にド派手なトリックを仕掛けなくとも、謎の鏤め方や事件の眞相に二重三重の深みを持たせることで、これだけ面白い本格ミステリに仕上がる譯で、奇想よりも様々な技巧の凝らし方によって「後ろ向き」の本格にもまだまだ可能性があるということを示した傑作といえるのではないでしょうか。
このシリーズは他は落語を絡めた日常の謎の短編集があります。倒叙ものの作品集やおたくたちのミステリなど幅がひろい作家です。
個人的に氣になっているのは、この探偵が出てくる落語シリーズ(っていうの?)でしょうかか。落語ということで敬遠していたのですけど、本作のような文体だったら没問題だと思うので、機會があったら手に取ってみようと思います。
そうですよ。このコンビの日常の謎です。ただ、結構いい話ではなく黒い話で終わりますね。
「黒い話」は大好きなので愉しみです。とりあえず「やさしい死神」をゲットしました。これが好みに合っていたら纏め讀みをしてみようかなと。