チェンバープログレ多面體。
店でブツを確認するのももどかしいので予約して買ってしまいましたよ、美狂乱須磨氏の初ソロアルバム。公式サイトでチラっと試聴することが出來た楽曲の雰圍氣から美狂乱というよりはハードロック寄りの音カモ、なんて予想していたのですけど、期待は嬉しい方向に裏切られました。
ハードな音は勿論のこと、チェンバーとアフロの混淆からアコースティックの戰慄すべき美しい調べが三幕によって描かれる構成も最高で、個人的にはアンソロジーと竝んでお氣に入りの一枚になりそうです。
今後の美狂乱の音は和声氏のバイオリンが大きな鍵を握るのでは、なんて考えていた自分にとって、本作は當にその予想を裏付けるような仕上がりになっておりまして、冒頭を飾る「そろそろ」からして、輕やかに飛び跳ねる和声バイオリンが楽曲の流れを牽引する構成で、須磨氏のシャウトにも超吃驚の作品です。
和声氏のバイオリンの動の部分が聽けるのは「私の心はどうなるんですか?」も同様で、楽曲の奇天烈ぶりを美狂乱の過去作から無理矢理引用すると「ひとりごと」を倍速にしてより激しく仕上げたような風格で、一方、「ひとりごと」を静の方向に振ってより実驗音楽的な怪しさも添えてみせたのが「MOGURAがそこかしこ」、――といえばおおよその雰圍氣を想像してもらえるでしょうか。
「冬を越せないSANAGI」は幽玄に過ぎるフルートがその詩世界を見事に体現している冒頭部から美しい。またフルートとともにチェロに主導される弦の旋律が寒々とした雰圍氣を牽引しているところも秀逸ながら、實は一番驚いたのが美狂乱以上に表現豊かな須磨氏の歌声でありまして、この曲に限らず、本作では須磨氏の声が大きな魅力のひとつであるところにも要注目、でしょうか。
もともとギター彈きまくりのアルバムを予想していただけあって、チェンバーロックにも通じる見事なアンサンブルとともに須磨氏の歌をシッカリと聴かせる楽曲の數々にはかなり吃驚してしまったのですけど、「満月に散歩」などアコースティックギターを彈きながら表現豊かに歌いまくるスタイルにまず自分が思い浮かべてしまったのがピーター・ハミル。
須磨氏の音楽を喩えるのに、クリムゾンでもザッパでもなくハミルというのは恐らく誰も贊同してくれないとは思うのですけど(爆)、とりあえずここ二日かけて本作を聽いた印象というのはそんなかんじでありまして、動靜は勿論のこと、室内樂的な雰圍氣とハードロック調の楽曲が違和感なく一枚のアルバムに収められている構成からして、聽き込めば聽き込むほど樣々な発見があるような氣がします。
また三幕の區切りとして挿入された「幕間」の二曲の靜謐さも特筆もので、荘嚴ささえ感じさせるPart Iから一轉して、高揚する和声バイオリンとギターに須磨氏の狂った歌声が激しすぎる「私の心はどうなるんですか?」へと流れる展開や、何処か惚けた雰圍氣のある「週報 No.2046」からチェンバロめいた輕やかな旋律を添えた「幕間 Part II」を經て、再び「私の心は……」と同様の「狂」の部分が際だつ「KAMEMUSHIを潰したあと」へと流れる一連の構成もいい。
「KAMEMUSHI」から始まる三幕は、今のところ一番のお氣に入りで、「HIME-BOTARU」における正調チェンバーの趣へチェロをはじめとした弦の音でじっくりと聽かせる風格から、ギターの生音をバックにした激しいボーカルに和声バイオリンの個性を添えた「場違いなNANAFUSHI」、チェンバー調に実驗的要素を詰め込んだ「週報 No.2055」、そして本作の最後を飾る「祈り」へと流れます。
この「祈り」が名曲で、あの「予言」と對をなすようにも思える詩世界、そして初期美狂乱を想起させるギターの音色と楽曲的な聽き所は勿論のこと、個人的には須磨氏の歌声がこの曲の最大の魅力でありまして、玄妙な轉調を交えて歌われる妖しくも美しい世界はピーター・ガブリエルの「Here Comes The Flood」を、そして美から混沌へと流れる後半部の展開はV.D.G.G.の「Pawn Hearts」の「We Go Now」を髣髴とさせます。
美狂乱やクリムゾンの影を探して本作を愉しむというのも、「美狂乱」「パララックス」からのマニアとしてはアリなのでしょうけど、個人的には本作の最大の魅力は和声バイオリンと「冬を越せないSANAGI」や「HIME-BOTARU」で聽くことの出來る五十嵐氏の幽玄チェロによって構築されたチェンバーの風格、そして美狂乱時代よりも格段に表現の幅を伸ばして獨特の詩世界を歌い上げる須磨氏のボーカルではないかなア、と思うのですが如何でしょう。
また「美狂乱」「パララックス」時代から、チェンバーとアフロ世界が個性的な「五蘊」、さらには和声バイオリンをもう一つの柱に据えて絶妙なアンサンブルで聽かせてくれる最近の「クロマティ高校」に到るまでの、須磨氏のキャリアが一枚のアルバムに昇華されているところも秀逸で、これがまた初期時代のマニアから「クロマティ高校」で須磨氏の音楽を知ることになったファンまでを満足させる仕上がりになっているように思えます。聽き込めばまだまだ色々な愉しみ方が出來るのではないかと思いますが、とりあえず自分が二日かけて繰り返し聽いてみた印象はこんなかんじでしょうか。
時に神谷氏の解説によれば、現在は和声氏のソロアルバムも計画中とのこと。美狂乱のアンソロジーで和声バイオリンの魅力を知ることとなり、今回のアルバムで氏の技の巧みさに完全にノックアウトされてしまった自分としてはこちらも愉しみだし、本作の後、須磨氏の音楽がどういう方向に発展變容していくのかも當然氣になる譯で、美狂乱のニュー・アルバムも叉待ち遠しい。
という譯で、「美狂乱」「パララックス」時代からのファンである自分としては本作、非常に愉しめました。本作を聽いてハミルを想起するような變人は自分だけだと思いますけど(爆)、昔の美狂乱の音は敢えて忘れて聽き込んだ方が意外な発見があるかと思います。オススメ、でしょう。
はじめまして。
“ののまる。”と言います。
>表現豊かに歌いまくるスタイルに
本作の”歌”を聴いて私が想起したのは”あがた森魚”さんだったのだけれども、そう言えば初めてVDGGやハミルのソロ(若輩者ゆえ完全に後追いです)聴いた時に「ちょっとあがたさんっぽいかも…」と思って(←そんな人もホトンドいないでしょが・笑)はまっていったコト思い出しました。
いろいろと鋭い考察、なるほどな~って楽しませていただきました。
ではでは。
ののまるさん、コメントありがとうございます。
自分の場合、打ちこみのドラムに關してはあまり氣にならなかったのですけど、これも恐らくはハミルの「Black Box」とかあのあたりをイメージした為ではないかな、なんて感じています。個人的には本作、アンソロジーと竝んで現在のお氣に入りで、特に「祈り」はその世界観も含めて美狂乱・須磨氏の傑作の一曲ではないかな、と思います。和声氏のソロも大期待ですね:-)。