うーん、本格ミステリとしてはちょっと疑問符がつく作品ではあるけども、とにかく登場人物たちが愉しく畫けているので、自分のなかでは好きな作品になってしまいますよ。
まず不滿點というか疑問點から。この殺人事件のキモはですね、「犯人は何故、死體の小指を切断し、赤い靴下をはかせていたのか」というところなんですが、その眞相というのがちょっとアレレというかんじ。でも実をいえば實際の殺人事件なんてこういう動機で行われているかもしれないし、「現實的に」考えれば、こういう説明が一番説得力があるのかもしれない。それと犯人を特定していくプロセスもちょっと安直かなという氣がする。いくら祐天寺美帆とはいえ、ちょっとこの直觀的推理にはついていけない。アラが目立つというか。「人魚とミノタウロス」のときの彼女の推理には感心したのだけども。
まあ、それでもこの物語は、あの祐天寺美帆が探偵役をやるというだけで既にこの作品が面白いものであることは保証されたようなもので、そういう部分には思っきり目をつむって、寧ろ物語とおもしろおかしい登場人物たちを愉しんでしまった方が良いでしょう。
登場人物といえば、祐天寺美帆のほかにも、警視廳一家の新人刑事である椎名梨枝という新キャラが素晴らしい。この物語は彼女の視点で進んでいくのだけども、彼女は「人魚とミノタウロス」の千歳良美よりも眞面目でしっかりとし、……それでいて不器用なところが愛すべき人物として描かれている。彼女の得意技であるテコンドーにまつわる過去のエピソードもあって、最後の物語の締めが心地よい。
そういえば、講談社ノベルズの氷川探偵も女性には不器用なキャラとして描かれているし、その意味ではこの二人ってちょっと似てる。
何か「人魚とミノタウロス」から氷川氏の作品は論理のアクロバットをテーマにしたミステリとしての風格は勿論のこと、物語の中の人物描写が格段にうまくなっているような氣がします。
ただちょっと氣になることがひとつ。祐天寺美帆って、男よりも女の方が好きなキャラなんでしょうか。氷川氏のサイトを見ると、祐天寺美帆ですでに作品の構想があるようなのでこれは愉しみ。本作ではさりげなく高井戸警部のことにも触れられているし、いつかは高井戸北沢コンビと祐天寺美帆、椎名梨枝でひとつ作品を仕上げたりしてくれないかなと期待してしまう。