ムッツリエロスの惡女列傳。
昨日のエントリで土屋ミステリに言及したので、その指摘の典型ともいえる長編を取り上げてみようかとも思ったのですけど、それではあまりに藝がないので、今日は千草検事シリーズなどを土屋ミステリの主流とすればそれとは少しばかり毛色の違った作品について語ってみよう、と思った次第です。
長編では添え物程度に過ぎないほどのムッツリエロスも、こと短編においてはやり過ぎともいえるほどに大展開されてしまうのが土屋ミステリの短編の特徴でありまして、以前紹介した「地獄から来た天使」に収録された作品と同樣、本作もそんな御大のムッツリぶりが堪能できる風格に仕上がっています。
表題作である「深夜の法廷」は倒叙もので、泣きぼくろのある女がエロ旦那を殺して見事に完全犯罪を為し遂げるのだがしかし、……という話。物語は主役となるワル女の學生時代から始まるんですけど、夕暮れどきの教室で学級日誌をつけているといきなり担任教師がやってきて、夢二をネタにワル女の耳に息を吹きかけたり「ブラジャーのつけていない」彼女の胸を揉みまくったりというセクハラプレイを実行。
作者である土屋御大が講談師よろしく前に出て來ては、ワル女のことを語りまくる饒舌さも前半の見所なんですけど、物語は中学時代から唐突にワル女が結婚して三年目、二十九歳になった時へと飛び、ここからが本筋です。
彼女は中学の担任教師と結婚したことになっているんですけど、この旦那というのが嫉妬深いエロ男で、謹賀新年とか書かれた年賀状がかつての同級生から送られてきたのを見つけると、「これが、お前の初めての男だったのか」とか詰問するわ、郵便局員が訪ねてきたところへ少しばかりお茶を御馳走しただけだというのに、部屋の中へ残されていた灰皿から「ほんのちょっとの間に、六本の煙草を吸うやつはいないだろう」とホームズぶりを発揮しては、それをネタにワル女の妻を指彈したりという俺樣ぶり。
またこの男は異樣なほどの絶倫でありますから、妻だけでは夜の生活も滿足できず、妻が實家に歸っているのをいいことに浮気相手を家に連れ込んではイチャついている譯ですけど、予定よりも早く歸宅した妻は二人のエロい會話を盗み聞きしてしまいます。
「トモちゃん」と洋平が呼びかけた。へんに上ずった声だった。「今夜も、あれを見てから……ね……」
「昨夜のポルノ?へんな趣味があるのね。でも、面白かった。いろんなものを持っているのね」
「うん。外国ものものすごいやつがある。裏ビデオといってね。ボカシが入っていないんだ。そのものずばりのド迫力――」
「へーえ。じゃ、全部見えるんだ。なんだか興奮しそう。外国人て、あれが大きいんですってね」
「そういうことは見てのお楽しみだ」
で、ワル女の妻は浮気相手を処刑して、その罪を旦那に被せようという完全犯罪をブチ擧げるのですけど、ここでアリバイづくりに友人を巻きこみ、睡眠藥を仕込んだところでエロビデオ鑑賞會を開催、友達が眠っているところで犯行を為し遂げるというシナリオなんですけど、この上映に使われたビデオの名前が「未亡人の夜。もっと犯して」という「にっかつ」テイストであるところがキワモノマニアには堪りません。
しかし浮氣は惡いとはいえ、罪をなすりつけられることになった旦那が挙げ句に発狂という展開もアンマリで、ワル女は莫大な慰謝料を手にして離婚、その後に自分の店を持つことになった後、アリバイづくりに利用したかつての友人が訪ねてきて、……というところから倒叙ものらしい定番の展開となるところが本作のミステリ的な見所でしょう。
もっともキワモノマニア的には、御大のエロテイストが隨所に仕込まれたディテールだけでも大滿足、ワル女の犯罪が暴かれてジ・エンドという奈落に夢二の情緒をムリヤリにつぎ込んだ幕引きも何ともな味を出しています。
表題作に比較すると枚數では短めながら、これまた不思議な風格の「半分になった男」は精神病を扱いながらも、複数のモノローグから自殺と思われていた事件の眞相を暴き出していく展開が見事な一編です。
何しろ精神病の男が死んでいたという状況が奇天烈で、体半分にだけ墨汁を塗りつけて眞っ黒、というあしゅら男爵状態で見つかったところからキ印の妙な行動、ということで警察では片付けてしまうものの、暫くしてから「あの事件は自殺じゃない」みたいな投書が新聞社に寄せられてくる。で、記者がこの過去の事件を再び洗い直してみるのだが、……という話。
投書の文章から、この送り主を特定していくという謎解きは勿論のこと、個人的にはある人物とある人物との現在の關係を最後まで隠しておきつつ、最後の謎解きでそれをイッキに拡げてみせるという手際が素敵です。
しかし途中にこのキ印の語りも挿入されているのですけど、平易な語り口ながら内容の方はというと、もう一人の自分が体ン中に入ってきて云々などなど、アハハハハハ……とかいう笑い聲こそないものの久作テイストが濃厚な極上風味で展開されるものの、途中からエロい場面が挿入されるところはやはり御大。人違いだとあわてふためくキ印男を無視して誘惑する人妻の台詞もふるっていて、
「やめて下さい。ご主人が戻ってくる」
不意に奥さんの唇から、なまめかしい笑いが洩れた。
「分かったわ。あなたも、あの婦人雑誌を読んだんでしょう?夫婦生活の倦怠感をなくして、新鮮なセックスを楽しむために、ときには効果的な演出が必要ですって書いてあった、あの記事を――」
「奥さん。ちがいます。私は……」
「すてき。ことばだけでもこんなに刺戟があるのね。奥さん、と言われただけでドキドキしちゃう。いいわ、今夜は、あなたが私の愛人の役ね。主人が出張したので、私があなたを呼びよせたのよ。そうね、あなたは主人の部下ということにしましょう。私が、あなたを誘惑する不倫の人妻。私の情事の御相手になるあなたのお名前は……」
こんな「刺戟」的なディテールが大展開される作品が「EQ」に掲載されたという事實にはちょっと吃驚してしまったんですけど、倒叙の基本をシッカリとおさえた構成と、複数の語りから事實が次第に炙り出されていく展開など、ミステリとしても十分に愉しめると思います。地味ながら、土屋御大の長編にはない魅力を体現した一册といえるでしょう。