さかしまガジェット、大盤振る舞い。
「クロック城」の方から先に手を付けるべきだったのでしょうけど、とりあえずこちらの方が先に届いたのでイッキ讀みしてみました。
講談社ノベルズにしてはやや薄い頁數ながら、内容の方は思いのほか複雑怪奇でついていくのに大變だったのですけど、物語世界の仕組みが明らかにされていく中盤からはかなり愉しむことが出來ましたよ。
「少年検閲官」に比較すると、やや文体に堅さやぎこちなさが感じられるところ以外は、獨特の物語世界とこの世界観に強度に連關したトリックなど相通じる趣向も多く、これが北山氏の風格なのかなア、と感じた次第です。
物語は、日本にある「最果ての図書館」なる舞台から始まるのですけど、ノッケから「君は生まれ変わりを信じるか」なんて妙チキリンなことを聞いてくるキ印が御登場、しかしこの生まれ變わりというのが本作では物語世界の大きなキモになっています。
で、キ印男はとりあえす「信じるか」なんて質問形式で話しかけてはいるものの、その實自らの考えをヒロインに有無を言わさずに押しつけている譯で、「最果ての図書館」なる舞台もリアルに存在するものなのか、それとも亜空間にあるものなのかそのあたりを限りなく曖昧に濁したまま、現在の日本、1243年のフランスの瑠璃城、1916年のドイツフランス前戰を舞台にした物語が併行して語られていくという結構です。
瑠璃城でも首切り死体が大量生産され、幽靈めいた怪異もあれば死体の消失もありと當に怪異と謎の大盤振る舞いに讀んでいるこちらはすでにお腹イッパイなんですけど、ドイツフランス前戰の物語の中でも同樣に、首なし死体が續々と現れてはまた消失するという奇天烈な謎が呈示されるものですから堪りません。
やがて生まれ變わりを大きな軸にして、現在の日本、そして過去のフランス、ドイツ前戰を舞台にした物語のかかわりが明らかにされていくという趣向で、それぞれの時代に發生した殺人事件においてもこれまた島田御大を髣髴とさせる奇天烈トリックが開陳されるところは當に新本格以降のミステリの醍醐味を味わうことが出來る作風ながら、個人的にはこういった超絶物理トリックよりも、この事件の背景とリアルを超えた殺人事件との連關が素晴らしいと感じました。
勿論、コード型本格のひとつの究極として、最果ての図書館において發生する殺人事件の死体遊びや、玻璃城の大仕掛けをニヤニヤしながら愉しむのが本作の正統な愉しみ方なのかもしれませんけど、「少年検閲官」のさかしまぶりに完全にノックアウトされてしまった自分としては、やはりこの轉倒盡くしの世界観に心を動かされてしまいます。
生まれ變わりの謎が中盤、これまた奇妙な探偵によって明らかにされていくのですけど、この指向が玻璃城での大仕掛けに必要なあるものに象徴されているところも秀逸です。
また探偵の役回りが秩序の回復よりもさらなる混沌を引き起こすものとされている轉倒ぶりも、本作における生まれ變わりの法則と玻璃城の大仕掛けに通じるものがあるように見えるし、さらには最果ての図書館でのコロシの拗くれぶりもこの物語世界の象徴にも思えてこれもマル。
時に「少年検閲官」のレビューで、例のトリックが小粒、みたいな意見を目にしたのですけど、本作と比較するにまア、確かに壯絶な死体遊びこそ見られないものの、使われているブツが物語の世界観と密接に關わっているところを考えれば「検閲官」のトリックも決して小粒とは思えないし、寧ろあれは本作における玻璃城以上の大技なんじゃないかなア、……なんてトリックひとつをも物語世界の仕組みと繋げて見てしまう自分としては、生まれ變わりをネタにしてここまで豪快な幻想大伽藍を組み上げてしまった作者の豪腕にはまさに脱帽、本作の仕掛けも大いに愉しむことが出來ました。
ただその一方で本作も「少年検閲官」と同樣、物語の世界観の不可解さゆえ、序盤で脱落してしまう人もまたなきにしろあらず、のような氣もします。一昔のミステリであったら、例えば泡坂氏の某長編のように、生まれ變わり「自体」をひとつの怪異とみなして、これが物語で展開されるコロシの謎ととも終盤においてはその仕掛けが明らかにされる、というものが主流だったように思うんですよ。
しかし本作では、冒頭、最果ての図書館でキ印君が登場して生まれ變わりは絶對にある、みたいな電波をブチあげるや、ヒロインも最初はそれを妄言とかわしているものの、その違和は玻璃城やフランスドイツ前戰で發生した奇妙な事件が語られていくことによって次第に中和されていく展開がまず異樣。
自分は本作を幻想ミステリとして讀みすすめていったゆえ、このあたりは容易に受け入れることが出來たのですけど、本作を壯大な物理トリックが炸裂する古典原理主義的な作品として讀みはじめた人は、早くも前半でおいてきぼりにされてしまうかもしれません。このあたりがちょっと心配といえば心配なのですけど、玻璃城や最果ての図書館での壯大なトリックは、そんな古典マニアの期待をも裏切らない出來映えゆえ、諦めずに最後まで追い掛けていった方が吉、でしょう。
最果ての図書館における死体遊びの動機のさかしまぶりは「少年検閲官」にも通じるものがあり、このあたりから北山氏の作風に連城の面影を見てしまうのは自分だけでしょうか。玻璃城の仕掛けに必要な怪異のこれまたさかしまぶりなども含めて、本作もまた本格ミステリであることに非常に自覚的な作品として自分は多いに評價したいと思うものの、やはりこの作風はかなり人を選ぶメフィストの系譜にある物語であると感じた次第です。
個人的には古典原理主義者よりは、幻想ミステリのファンに推薦したい作風ながら、壯大な謎に鏤められた島田御大級の大トリックは原理主義者もまた大いに愉しめるゆえ、異樣な世界観さえ容易に受け入れることが出來るのであれば挑戰してみる價値はあると思います。