妄想女の日常崩壞。
作者の作品をマトモに讀むのは實は初めてでありまして、……というのも巻末のあとがきにもある通り、新津氏の著作は六十册を超えており、初心者はいったいどれから手をつければよいのやら、というかんじで迷っていた次第でありますから、本作のような作品集の刊行は嬉しい限り。それもあのふしぎ文学館からのリリースとあれば手に取らない譯にはいきません。
恋愛小説フウのものからミステリ、ホラーまでをも包括した新津ワールドの全容が果たして本作に収録された短編の風格と一致するのかは判然とはしないものの、「日常」「恋愛」「異次元」という三つのキーワードを元にセレクトされた短編には、いかにもふしぎ文学館らしい風格がイッパイで、キワモノマニアも満足できる一册に仕上がっています。
収録作は、貸したものを新品で返してくる女、という「日常の謎」が小市民の因果地獄へと落ちる「返す女」、嫉妬に狂ったキ印女の妄想語りにミステリらしい仕掛けを凝らした「無視する女」、浮気性の旦那を持った女の狂氣が怖気を誘う「尽くす女」。
子供虐待のバカ女の夢見妄想がこれまたおぞましい狂氣のオチとなる「歯と指」、ストーカーにロックオンされた女が妄執男以上の恐怖に襲われる「そばにいさせて」、業界男と不倫しているモジ女の狂った戀の末路が壯絶な「結ぶ女」、転生妄想と子供を絡めて静かな恐怖を描いた「凍った約束」、男どもに盥回しにされる因果女を受け取ったばかりにトンデモないことになってしまう「戻って来る女」。
高慢チキな女王樣にかしづく奴隷男の犯罪告白「頼まれた男」、變態男からの悪戯電話に悩まされる女DJの因果地獄「捕らえられた声」、これまた転生幻想と因果な犯罪を絡めた「明日、見た夢」、女二人の共同事業が犯罪を引き起こす「卵を愛した女」。
バス事故から生還したばかりに一生の運を使い果たしてしまった女の悲愴な末路「奇跡の少女」、タイムカプセルというアイテムに転生譚を絡めた「時を止めた少女」、バイオレンス作家の忌まわしい記憶がミザリー女の恐怖を喚起する「左手の記憶」の全十五篇。
全編を讀みとおしてみると、ミステリというよりはホラーに近い話が大半を占める中、素晴らしい仕掛けで最後に讀者を唖然とさせる技巧が光る「無視する女」は、女の妄執のアレっぷりが素晴らしい一篇です。
嫉妬に狂う女の語りと、妄想女の嫉妬の対象となる二人の女の視點から物語を進めつつ、見たくないものは見なければいい、無視すればいい、とキ印っぽい妄想のさらに上をゆく狂氣が最後に開陳されてジ・エンドとなる構成は秀逸で、讀後、その仕掛けに思わず唖然としてしまいました。
特に前半に収録された作品は、女の妄想や狂った情念をこれでもかというばかりにネチっこく描いたものが多く、その中でも冒頭に配された「返す女」は、謎の開示の普通っぽさが極上のイヤ話へと轉化していく構成とその幕引きが素晴らしい逸品です。
主人公はごくごく普通の主婦なんですけど、實は略奪愛の末に今の旦那をモノにしたという過去があるところがミソで、この人妻は教室で知り合った女に本だのハンカチだのを貸すと、ブツはすべて新品と取り替えられて戻ってくる。
何故女は貸したものを新品に取り替えて返すのか、という「日常の謎」が轉じて、最後にトンデモないオチとなるところは、前半にさらりと語られた伏線が見事な効果をあげていることとも相俟ってゾーッとするような怖気を誘います。
「返す女」も含めて、狂氣に彩られた妄執女の物語が續くなか、転生譚を一つのモチーフにして犯罪の過去や不可思議を描き出した作品が収録されているところにも注目で、その中では子供が前世の記憶を持っているというところから隠微なエロスが隠し味として含まれている「凍った約束」が個人的にはお氣に入りでしょうか。何かこのオチに、マセた子供が人妻にエロいことをする圖を妄想してしまうのはキワモノマニアだけですかねえ。
またコロシを絡めて転生の不可思議が日常をグラグラさせる「明日、見た夢」は、物語の外枠に刑事の會話をおいている構成が見事です。
キワモノっぽい愉しみ方を御所望であれば、やはり幼少時代から高慢チキだった娘が成長して、幼なじみを奴隷として傅かせる「頼まれた男」がイチオシでしょうか。自分の妻を殺した男の取り調べを行うという結構から、この男の独白が始まるのですけど、アッシー君なんていう懐かし言葉も驅使して語られる奴隷男のモノローグがかなりアレ。女王様の体には指一本触れることも許さず、という被虐の戒律をシッカリと守り通したマゾ男は、とある犯罪に手を染めることになるのですけど、ここから二人のSM關係は急展開。
やがて二人の關係はトンデモない方向へ轉がっていくのですけど、これまた最後のオチは予想出來たものの、マゾ男の複雑な心境を察するに何ともこちらの氣まで滅入ってしまう作品です。
ダメ男が女の妄執に巻きこまれる作品の中では、得体の知れない女のアレっぷりが恐ろしい「戻って来る女」がいい。まずもって男に捨てられてはその知り合いへと盥回しにされる女、という設定が強烈で、この女が低體温の貧血女だというところも、男のぬくもりを求めてやまない女の妄執をイッパイに盛り上げていて素晴らしい。
友人からは二人はお似合い、なんて不名譽な認定を受けてしまうわ、捨てても捨てても部屋に戻れば女が戻ってきているという展開もイヤな感じで、美人でもネクラな女の情念はお断り、という身勝手な男を恐怖に突き落とす幕引きも含めて、何とも心に残る一篇でしょう。
全體的に本格ミステリとしての仕掛けは薄味ながら、ふしぎ文学館らしい風格の短編がセレクトされているところから、このシリーズの愛讀者という、自分も含めたキワモノマニアは滿足出來る一册だと思います。
エロいスパイスも効かせてはいるものの特有の即物的なところはアレながら、日常の歪みから芽生えた女の狂氣と妄執があさっての方向へ物語を牽引していく構成が素晴らしく、ホラーとしても、またトンデモに傾いた幻想小説としても愉しめる短編集。シリーズの最近作としては、「べろべろの、母ちゃんは……」などに比較すれば、遥かにマトモなので、ふしぎ文学館のビギナーにもオススメしたいと思います。