リアルと地續き、兇怖小説。
今月號の小説すばるのスペシャル座談会「悪書はきっとキミたちの力になってくれる!」で東氏、平山センセとともに、というか二人を左右に隨えてさながら組長の親分みたいな雰圍氣でドカン、と佇んでいる福澤氏の最兇短編集。
平山センセの短編目當てに購入した今月號の小説すばる、しかしこの座談會の内容というのが、日野日出志「地獄の子守歌」とか、楳図センセの「猫目小僧」からは「みにくい悪魔」とか、「恐怖」ではやはり「サンタクロースがやってくる」がいい、とか学研ユアコースシリーズとかもう、何だかあまりに自分の子供時代とリンクしまくっている平山福澤兩氏の毒書遍歴にグフグフと忍び笑いがとまらなかったんですけど、本作にはそんな禍々しい幼少時代を過ごされた福澤氏の、狂氣と兇氣がイッパイにブチ込まれた恐怖短編がテンコモリ。
狂氣と兇氣という點においては平山センセとその風格を同じくする福澤氏ではありますけど、そのやりすぎ感にハリウッドのB級映畫にも通じるユーモアさえ感じられる平山氏の作品世界に比較して、こちらに笑いの要素は一切なし、とにかく息が詰まるほどの凄まじいダウナーぶりに、普通の本讀みが最後まで讀みとおすには相當の覺悟が必要かと。
幽霊譚に絡めて何処か和モノ怪談にも通じる美しささえ感じられた「幻日」などと違って、本作ではまずその作品世界のリアルっぷりが普通でありません。自分たちがいるこの現實世界と何処かで地續きに繋がっているのではないかとさえ思わせる雰圍氣が物語の恐怖度をより高めていることはいうまでもなく、現代社會の闇と異界のダークネスをたやすく結びつけてしまう手法は當に福澤氏ならではの十八番、個人的にはやはりサラ金地獄をひとつの典型として、ダメ人間が破滅へと突き進む過程をじっくりと描き出している作品がより印象に残りましたよ。
収録作はピースサインをして寫眞に寫るとロクな死に方をしないという都市傳説にとらわれた女の狂氣と妄執を描いた表題作「ピースサイン」、サラ金の無間地獄に絡め取られた男の堕落が凄まじい「嗤う男」、ギャンブル狂いのダメ男たちの行く末に幽霊譚を絡めて描いた「夏の収束」、曰くつきのデパートに勤務する社畜の息苦しい日常が最後には幽霊噺へと轉化する「憑かれたひと」、チンピラヤクザの帰郷から極上の幽霊譚を描き出した「帰郷」、これまたダメ男がワル女にけしかけられて破滅していく「狂界」、そして本作収録中、最兇の恐怖度を誇るダメ男の奈落行「真実の鏡」の全七編。
冒頭を飾る「ピースサイン」は實をいうと収録作の中では一番おとなしい作品かもしれません。自分の子供がピースサインしている寫眞を見つけるなり異樣な行動に走る母親の狂氣が次第に現實のものとなっていく過程のイヤ感、そして學生時代の回想シーンで描かれる陰濕なイジメなのか、はたまた本當にピースサインの呪いなのか、そのあたりを曖昧に濁したまま話を進めていくところなど、まさに恐怖とイヤ感のツボをおさえた展開は流石です。
最後に福澤氏らしい仕掛けを凝らした幕引きとなるところは御約束ながら、このあとに續く極惡度に比べたら表題作の恐ろしさなどまだまだ子供騙しといったところでありまして、「嗤う男」は當に普通のリーマンだったら絶對にこんなふうにはなりたくないッ、と悲鳴をあげてしまいたくなるような、リアル感溢れる恐怖と狂氣が堪らない一編です。
サラ金地獄に陥り自転車操業、それでも金を借りてしまう、という男のダメっぷりを嗤うような雰圍氣は皆無で、とにかくこの主人公の男のダメっぷりをネチネチとネチっこく描いていくところが何ともで、さらにこのダメ男は愛人に妊娠をさせてしまうが子供を堕胎す金もない。さすればまたサラ金に、……という出口なしの無間地獄に堕ちていく男がある日、電車の中で自分の顔を見てゲラゲラと嗤っている男に出會うのだが、……という話。
このゲラゲラと嗤うだけの男の不氣味さも相當なものなんですけど、物語はいたずらにこのゲラ男の謎を追い掛けることはせず、ただひたすら主人公となる男の奈落行をジックリネチネチと描き出していくという展開が凄まじい。怪異を狂氣へと轉化させた作品としては収録作の中では「真実の鏡」と竝ぶ極惡ぶりではないでしょうか。
リアルに根ざしたイヤ話がズラリズラリと竝ぶなか、唯一ほっと息をつける「いい話」が「帰郷」で、組からハジかれたチンピラのダメ男が水商賣の戀人と一緒に、佛壇をもって夜逃げをはかるという内容。
主人公である男はダメなことはダメなんですけど、本作ではこの男が地獄に堕ちていくような話ではなく、脇を固める愛人女や實家の婆さんなどがよい味を出していて、普通の中間小説にありそうな人情噺めいた雰圍氣を添えつつ、チンピラのアイテムと佛壇をネタにして後半にさりげなく幽霊噺を転がしてみせるところが素晴らしい。
男の再生を予感させる幕引きも清々しく、イヤ話ばかり書いている福澤氏がまた極上の普通小説の書き手にもなりえることをシッカリと示してくれた一編です。しかしそれでも敢えてイヤ話、怖い話ばかりを書いてしまう福澤氏に、キワモノマニアは最大級のエールを送ってしまうのでありました。
「憑かれたひと」は、このネタをクラニーが書いたら絶對に抱腹絶倒のユーモア怪奇譚になったよなア、という一編。何やら幽靈が出て來ると噂のあるデパートを舞台に、ダメでバカな上司の無茶苦茶な要求に従うしかない主人公の苦悩を描いた物語なんですけど、この上司のイヤっぷりが凄まじい。
この異樣なほどのリアリティには、やはり百貨店アートディレクターでもあった福澤氏の経験が活かされているのか、そのあたりは判然としないんですけど、とにかく残業残業また残業で「疲れた」主人公がついにブチ切れてジ・エンドかと思いきや、最後にタイトルの意味が明らかになる仕掛けにゾッーっとなってしまう作品です。
そして本作中、個人的には主人公の追いつめられぶりから最兇、と感じた一編が「真実の鏡」で、勤めていた会社が倒産、どうにか再就職をするも初日からイヤがらせを受けまくる主人公の受難にはじまり、妻との關係も崩壞していくという邪悪な展開に、一般人のリーマンは悲鳴をあげてしまうこと間違いなし。
最後には例によって鏡ネタの仕掛けが開陳されるものの、怪異を交えたこのオチよりも、主人公が体驗するリアル地獄の方が遥かに怖い、というところが何ともいえません。
現代社会の邪惡を描いた最兇短編集、ということで怪異よりもリアルの方が怖い、と感じている方にオススメ、といいながら、氣分が落ち込んでいる時には讀まない方がいいと思います。一編一編に込められた邪惡な毒氣が尋常ではありませんから。