ベタミス、少女漫畫趣味。
創元推理から復刻された激アルバイター美波シリーズの第二彈。前作はド派手さこそないものの、タイトルに絡めた密室の仕掛けが素晴らしかった本格ミステリでありましたが、本作は所謂館もの。
物語はまた例によって奇妙なアルバイトをすることになった娘っ子が殺人事件に巻きこまれるというものなんですけど、今回のバイトは留学生と一緒に托鉢を行うというもの。アルバイトの内容じたいが直接に事件に絡んでくる譯ではありません。
事件はベロンベロンに醉っぱらった娘っ子が京都のトリック屋敷に到着してから發生するんですけど、それまでに出てきた登場人物があまりにベタ過ぎるのがちょっとアレ、でしょうか。
純朴そうな中國人留学生の陳君、そして學生が苦労して托鉢で稼いだ金をピンハネしているゲス野郎が揃って御登場、とあればまずこのゲス野郎に死にフラグが立っているのはもうバレバレ。で、このコロシの犯人として疑われるのが純朴チャイニーズの陳君であるというのは、これまた丸わかりでありましょう。
実際この龍づくしのトリック屋敷でゲス野郎が殺されるのですけど、この殺害方法というのが一風變わっていて、お屋敷の仕掛けに絡めたとあるアイテムを使って溺死させるというもの。ただことはそう單純ではなくて、娘っ子が聞いた奇妙な會話や、ゲス野郎が死んだ時間などを考えるとどうにもハッキリしないところが多すぎる。
アリバイとその動機から予想通りに純朴青年が逮捕と相成るのですけど、本作が素晴らしいのはここからで、後半の謎解きで事件發生からさりげなく鏤めておいた伏線が回収されていくところは當に本格ミステリ。
トリック屋敷という奇天烈な趣向を活かしているとはいえ、讀者がマッタク想像も及ばない仕掛けではその眞相が明らかにされた時もただフーンと感心するだけで終わってしまう譯ですけど、本作ではこの仕掛けを推理する為の仕組みが非常にさりげなく開示されているところが秀逸で、悪戯に奇天烈な物理トリックのみによりかかることなく、寧ろ伏線の回収と消去法による推理で犯人を限定していく趣向で讀ませるところが好印象。
とあるアイテムから犯人をイッキに限定していく探偵の推理が見事で、Z級に消去法の美學が大展開されるような派手さこそないものの、トリックの解明からさらに一歩を踏み込んで犯人を指摘する手際の鮮やかさは大いに評價したいと思いますよ。
で、こんなふうに非常に丁寧な本格ミステリの結構を有している本作ではありますけど、このミステリとしての展開を離れて物語を眺めてみると、そのあまりに少女漫畫チックな色付けに、ボンクラのキワモノマニアは些かタジタジとなってしまうことも叉事實でありまして。
例えば意味深なプロローグの後に續く第一章の冒頭はいきなりベタな夢見のシーンから始まり、ドスンッ!とベットから落ちて目を覚ますと、いけないっ!遅刻しちゃう!と大慌てで家を飛び出すヒロインの圖、……って當に一昔も二昔も前の少女漫畫を髣髴とさせるシーンに苦笑してしまうのは自分だけではないでしょう。
さらにこの娘っ子は炎天下に立ちっぱなしで托鉢のバイトをしていると、これまたフラーっと意識を失ってトリップ、グテングテンに醉っ拂ってまたトリップ、さらには犯人に襲撃されて氣を失ってトリップと、とにかくトンデモないことになって目を覚ますと夢でしたア、というような展開が疊み掛けるように繰り出されるところは、さながらこちらが惡い夢を見ているようでかなりアレ。頭をガツン、とやられて失神とかいうシーンなどは、これって折原センセのリスペクトかな、なんて考えたりもしたんですけど違いますか。
という譯で、表題作は時に夢とリアルのあわいを彷徨う娘っ子のベタ過ぎる展開が違った意味では見所ながら、「善人だらけの街」はこの「龍の館」と同時収録だからこそ、その趣向が愉しめる掌編です。
こちらも妙チキリンなアルバイトをすることになった娘っ子が事件に巻きこまれるというところは同じながら、今回に限ってあからさまなコロシはなし。死體運びのバイトもなかなか強烈でありましたが、今回は薬の治驗ボランティアという、これまた違った意味でヤバげな仕事にかかわることになった娘っ子は、とあるビルのクリニックでカンヅメ状態となることに。
隣ビルで放火事件が發生し、娘っ子はパジャマ姿で外に飛び出して、……とここからタイトルにもなっている「善人」が彼女の前に登場、そこから妙な展開に轉がっていくのですけど、ここに娘っ子の騎士が現れ彼女は九死に一生を得て、……。
この作品、掌編乍ら仕掛けは非常に考えられていて、まず「龍の館」でヒロインの娘っ子が時に夢世界へとトリップしてしまうような素養の持ち主であることを描きつつ、この娘っ子の視點で事件が發生するまでの経緯を描いている周到さ。
そして少女漫畫的な輕い語りが、背後で静かに進行している「事件」の真相を隠しているところも秀逸で、奇異を衒った幻想や怪奇趣味を用いずともこういう「語り」で讀者の目から事件の展開を隠し仰せているところも面白い。
もっとも本作、その軽さから日常の謎の一系列として讀んでしまうのが普通なんでしょうけど、個人的にはやはり少女漫畫チックな娘っ子の語りを通して見えていた事件の斷片が、後半、探偵の推理によってまったく違った構図へと化けてしまうところが面白く、また「龍の館」で印象づけられていた語り手の不安定さがこの仕掛けに寄与しているというところが素晴らしいと感じました。
ある種のレトロっぽささえ感じられる少女漫畫チックな風格と、館ものとはいえ、本格ガジェット満載の濃厚な雰圍氣とは趣を異にするゆえ、本格ミステリのマニアからはちょっと敬遠されてしまう作風かなア、なんて氣もするんですけど、「龍の館」と「善人だらけの街」という二作を續きで讀んでみた印象では、この谷原氏、そのベタで軽妙な作風に相反して、實は「語り」というものに非常に意識的なミステリ作家なのではないでしょうか。
ベタな少女漫畫ワールドから離れた作品も讀んでみたい一方、「善人だらけの街」の後半で好き好き、大好きッ!というこれまたベタベタな展開を見せてくれた娘っ子と探偵君二人の今後も氣になります。とりあえず次作を期待したいと思いますよ。