前作『四月の橋』が、小島ワールドならではのやりすぎミステリを期待していた自分としては正直、微妙、……であったゆえ、今回は期待と不安が半々といったカンジだったのですが、初読時はちょっとアレだったものの、再読でやや評価をあらためた次第。結論からいうと、『武家屋敷』や『十三回忌』『扼殺ロンド』に比較すれば、謎の構築に関してはやや物足りないものの、横井氏の解説をもとに別の角度から読めばやはり力作、といった読後感です。
物語は、出世したくないのにヒョンなことが度重なりトントン拍子に捜査一課に配属されてしまった刑事と探偵が、奇怪な殺人事件に巻き込まれ、……という話。ノッケから花嫁衣装の首無し死体というインパクト十二分の死体が開陳され、首の不可解な移動と消失、さらには龍が雄叫びをあげ血を流し、空を舞うというド派手な外連は小島ワールドならではのもの。
本作が過去作とやや趣を異にしているのは、やはりその結構で、『十三回忌』や『武家屋敷の殺人』では、まずは怪奇現象も添えたゴージャスに過ぎる謎が前半でアッサリと解かれるという大盤振る舞いにあったわけですが、本作ではたとえば言い伝えや女を襲う牛頭馬頭の正体といった怪異の曰くの真相については後半まで明かされることはありません。
こうした展開から、やりすぎミステリと呼ばれるネタの大盤振る舞いがウリの小島ミステリとしてはやや物足りなさを感じてしまうのですが、これについてはたとえば現時点での「やりすぎ」の極北ともいえる『武家屋敷の殺人』と比較してみると、本作の特色が見えてくるような気がします。『武家屋敷』の前半でズラリズラリと探偵の推理によって明らかにされる数々の怪異は、いうなれば本丸ともいえる事件の連鎖の導入部として機能していたのに比べると、本作ではたとえば牛頭馬頭の正体などは、作中で展開されるおぞましい連続殺人事件の背後に隠された動機と深くリンクしていることが判ります。
悲壮な事件の引き起こされるにいたったきっかけともいえる過去の怪異、――牛頭馬頭の謎を、いうなれば事件の構図を際立たせるために配置したものとして見ると、解説で横井氏が指摘している「物理トリックにこだわる作風のように見えて、「生身の人間」にこだわっているところが印象的」と述べている小島ミステリのもう一つの特色がより明確に見えてくるような気もします。
表層に提示される謎の様態は生首が不可解な移動をしたり、龍が飛んだりと、旧作にも通じるド派手さを見せながら、そうした謎が構築されるプロセスはむしろ小技の連鎖となっているのですが、個人的に面白いと思ったのは、そうした連鎖にも犯人の一貫した傾向が隠されてい、これまた小島ミステリでは定番ともいえる自然現象を起因とするハプニングといった要素を推理の過程で取り除いていくなかで、そうした犯人の行動様式があぶり出されてくるところでしょう。
本作では、ド派手な謎に比較してその真相は小粒という印象を受けてしまうのですが、むしろ謎の構築に凝らされた犯人の悲痛な思いや、そこからすかし見える行動様式といった「生身の人間」にこだわってみせた見せ方が秀逸で、その意味では本作、外連をいっさい排除した『四月の橋』から再び旧作のやりすぎミステリへと回帰していく過程の作品、と見ることもできるかもしれません。
『十三回忌』で見せたやりすぎをさらに推し進めて、その極北をめざした『武家屋敷の殺人』から、そうした過剰さを整理してスマートに謎の外連を見せることに成功した『扼殺のロンド』、――そのあと、自らの作風の魅力を封印して(?)「生身の人間」にこだわったドラマの構築に注力した『四月の橋』を書き上げた経緯を見ると、本作は『扼殺』と『四月の橋』の折衷を目指した作品と見ることも可能でしょう。そうした意味では本作は過渡的な一冊ではないかと推察されるものの、まだまだ進化を続けるであろう小島ミステリのこと、次はどんな手で攻めてくるのか、次作もまた期待したいと思います。