傑作。ゲーム性の強かった前作『マーダー・ゲーム』に比較すると、フツーに殺しは起きるし、物語はとある噂とコロシを絡めてフツーに進んでいるように見えて実は、――という作者ならではの技巧が美しく決まった逸品で、堪能しました。
物語は、部内でつきあったカップルはどちらかが死ぬ、なんていう物騒な噂のある吹奏楽部が舞台で、二年生のホルン担当のボーイは定期演奏会に向けて練習に打ち込むも、仲間と憧れの先輩にダメ出しされ1stホルンの座は件の先輩に明け渡すことに。しかしそれから先輩は奇怪な死を遂げて、――という話。
憧れていた先輩の屍体を目にしてからというもの、その屍体を思い出すたびに胸が「とくん。とくん」と高まり、ヘタくそなホルンも「ファ――ン」とうまく高音が出すことができるようになったボーイの前に、またもや屍体が現れて、――というふうに部内の噂に絡めて連続殺人事件の様相を呈していくのですが、ボーイの視点によって綴られる殺人事件の顛末に、周囲の娘っ子たちとの恋模様を絡めてあるところが秀逸です。
本作は、憧れの先輩から実はキモいと思われてたという挫折や、そんな自分を慕ってくる後輩との恋愛といった青春物語ならではの風格を横溢させているわけですが、動機という点から精査していけば、件の殺人事件のフーダニットは非常にシンプル。しかし本作の凄みはこの先に隠されてい、いよいよ連続殺人と思われた事件の構図が明らかにされた瞬間、ボーイの視点からしか見ていなかった「探偵」や「犯人」の配置はまったく違った様相を露わにし、巧みに隠されていたある物語が明らかにされる仕掛けが素晴らしい。
この仕掛けもまた本格ミステリ読みであればまず必ず一度は接しているであろうというシンプルなものなのですが、それを気取らせないための目くらましも盤石で、このレッドヘリングもまた「いっちゃん」なんてボーイの渾名の周囲に今井や市ノ瀬と様々な名前を凝らしつつ、それでも読者にこの趣向を気取らせない技巧の細やかさはいうことなし。
この仕掛けの要となるのは、ある人物におけるある設定で、普通であればこうした仕掛けのための設定は人工的に過ぎて物語から遊離してしまうこともしばしばながら、本作の場合、ボーイの恋模様を中心に据えた青春物語としての骨格が明確であるからこそ、その設定の「動機」が明らかにされた刹那(271p上段)、事件の構図から滲み出す悲哀と切なさが最大限の効力を発揮するという趣向になっています。
またこの動機を成立させるためのきっかけともいえるものが、同時に事件を引き起こす誤解を生み出すものともなっているシーンに伏線としてさらりと語られているところなど、事件の構図と仕掛けが明らかにされた瞬間に、そうした背景を鮮明に思い出せるよう作中の逸話もうまく配置されているところもまたうまい。
仕掛けが仕掛けであるだけに多くを語ることはできないのですが、青春恋愛物語として読ませながら、読者に「本当の物語」の存在をまったく気取らせない技法と見せ方は乾氏の代表作ともいえる某作を彷彿とさせる一方、「本当の物語」と事件の構図の背後にある人物の心情を完全に隠し仰せてみせた技巧は、この作品にも通じるように感じるのですが、いかがでしょう。
仕掛けのうまさを再確認するという、本格ミステリ小説としての「再読」ももちろん必至と思われる作品ながら、同時にその再読は冒頭の一ページから最後まで本文通りに読み進めるのではなく、「ある読み方」によって、隠されていたある人物の「思い」をすくい取ることも可能であり、再読にもまた多様な方法が試みることも可能、という点でもまた、本作は本格ミステリでありながら、否――本格ミステリの技巧を用いているからこそ書き得た青春物語の傑作ともいえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。