タイトルやギリシャをモチーフにしたものというところから、本格ミステリ読みとしてはどうしても傑作『饗宴 ソクラテス最後の事件』をイメージしてしまうのですが、本格ミステリというよりはジャケ帯にもある通り「文学の原点であり極上のエンターテイメント」として愉しんだ方がむしろ吉、という一冊でありました。
収録作は、予言を回避しようと生きてきたオイディプスが最後に隠された真相によって奈落へと堕ちる「オイディプス」、ギリシャより様々な知見を得たアナカルシスがそれによって堕ちた罠「異邦の王子」、テセウスを愛した女の狂気の愛を本格ミステリ的な異様さによって描き出した「恋」。
クレタ文明崩壊の真相をミノタウロスの語りによって狂気の寓話へと昇華させた「亡牛嘆」、天才肌の父を持つがゆえの捻れた深層心理がイカロスの狂気へと弾ける「ダイダロスの息子」、生死の意味合いが転倒する寓話を神の視点から描いた哲学的寓話「神統記」、キ印巫女の予言がスプラッタも交えてブラックに爆発する「狂いの巫女」、語ることの陷穽を黒い幕引きに仕上げた「アイギナの悲劇」等、全十三編。
――と前半だけをざっとまとめてみましたが、というのも後半は上にも指摘したようにフツーの掌編として読むべき物語ながら、前半は『饗宴』を彷彿とさせる異様な真相や人間の狂気を本格ミステリ的な技巧によってさらりと仕上げた好篇揃いでありまして、特に「恋」から「亡牛嘆」、そして「ダイダロスの息子」と流れるミノタウロス絡みの三編の繋がりが素晴らしい。
「恋」はある女が男を愛した理由の中に異様な心理を潛ませ、その動機を件の迷宮にまつわる逸話と絡めてみせた展開が見事。そこからミノタウロスの語りへとつなげて、ここでも「恋」同様、あるものを語り手の象徴として重ねてみせた幕引きも秀逸です。「ダイダロスの息子」も「恋」のように一般人の思考を斜め上に跳躍したところから、ある行為の動機を明かしてみせるという結構で、味わい深い。
「オイディプス」と「ダイダロスの息子」はいずれも予言が物語のキーになっているのですが、予言を迂回した結果、運命の黒さに奈落へと堕とされる展開が何ともいえない皮肉を醸し出す「オイディプス」の方が、暗転する主人公の悲壮さを真相開示によって示してみせる結構から本格ミステリ読みとしてはツボながら、「ダイダロスの息子」のスプラッタ風味を交えたブラックなオチも捨てがたい。
いずれも「文学の原点であり極上のエンターテイメント」という惹句通りに、異様な真相に狂気を織り交ぜ、時に皮肉な結末を見せるあたりは文学的でもあり、また平易な語りにさりげなく仕掛けを凝らしたエンタメらしさなど、掌編ながら柳ミステリらしい技巧を凝らした物語もアリ、というわけで、地味ながら手堅く愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。