『ゴサインタン』、『弥勒』、そして近作では『仮想儀礼』といった超弩級の代表作に較べれば、非常にコジンマリとした一冊ながら、異国を舞台にした篠田ワールドにドップリ浸かれる逸品でありました。
物語は、不倫した挙げ句左遷されたダメ女がギリシャで一攫千金のブツを見つけて小躍りするも、これまた訳アリの通訳女と男の三人で奇妙な廃院に迷い込み、そこから悪魔の所行としか思えない奇妙な出来事が次々と起こりはじめ、……という話。
物語の結構としては、正直、件の廃院と村を何度も行き来したりと前半はかなりぎこちないのですが、それでも通訳女が悪魔憑きにあったりという怪異や事件が要所要所に挿入されていることでまったく飽きさせません。そして、篠田ワールドではお馴染みの、挫折を経験してボロ布となった日本人が、それでもそうしたリアルから這い上がろうとするしぶとさを見せてくれる展開が素晴らしい。
今回、非常に印象深かったのが、物語の前半から、悪魔憑きや廃院での不可解な死など、悪魔の仕業としか思えない様々な怪異を、科学的検証によってリアルの事象へと繙いてみせる展開で、本格ミステリとしては定番の趣向を盛り込んでみせながら、それでも何か割り切れない「何か」を匂わせつつ徐々にサスペンスを盛り上げていきます。
そうした怪異とその解体において中心的役割を果たしているのが、壁画修復師の日本人男性で、前半は毅然端然と、悪魔の所行と見えた怪異を科学的知見によってバッサバッサと斬っていくところが、「探偵」にふさわしい役所だナ、と思っていると、そんな彼にも暗い過去があったりするあたりのキャラ造詣も盤石です。
また、善悪や神対人間といった割り切れる二元論を忌避する物語の構図の中に、無神論でもない、かといって闇雲に信仰へと傾くのではない、――いうなれば典型的ともいえる日本人的立ち位置で事件を俯瞰できる位置に据えることで、ヒロインの魅力が俄然際立っているところも好印象。
件の疫病の真相は意外なところから明らかにされるのですが、神と信仰という視点から見ると、皮肉ともいえるこのオチがまた篠田ワールドらしく、伝説上の人物の善悪といった二元論で割り切れない造詣を際立たせるとともに、これがまたヒロインも含めた登場人物たちの波瀾万丈の人生とも見事な重なりを見せる結構、さらには敗者復活を予感させる幕引きがまた、絶対的な信仰によりかかることなく自らの力で敗者復活をもくろむ図太さを見せるヒロインの強さに・壓げてみせているところも秀逸です。
重量級の一冊というわけではありませんが、篠田ワールドの魅力をコンパクトにまとめた好篇として、ファンであれば安心して愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。