悪意テンコモリのマキノ節が炸裂する一編で、『偏執の芳香』、『病の世紀』、そして近作では『破滅の箱』『再生の箱』がツボだった自分的にはかなりのツボでありました。物語は例によってキ印の暗躍により、主人公の周りの連中がおかしくなっていき、……という話なのですが、今回は牧野ワールドでは定番の壮大な幻視のビジョンよりは、『リング』や『呪怨』のような和モノホラーを彷彿とさせるボンヤーリとした怖い絵がキモ。
心霊写真では定番の、顔なんだか何だかよく判らないものがボンヤリと見えてしまうという恐怖が登場人物たちを次々と襲っていくわけですが、五感に突き刺さる文体はより脅迫度を増し、そこに不条理さが加わることで何ともいえないイヤーな雰囲気を醸し出しているところは、牧野小説中一番の怖さといえるカモしれません。
キ印の実験がこれまたイヤーなカンジで中盤あたりにさらりと仄めかされ、そしてこいつがいよいよ本性を現してからはネチっこい描写によって読者の心拍数をビンビンに盛り上げていく技巧は相当のもので、特にやたらとハイになりまくった男の狂気や不潔でイヤらしい野郎の描写など、まさに「見る」小説ともいえる趣向が要所要所に凝らされています。そうした独特の五感によって最高の恐怖を与えてくれるのが、これをあーしてこーするだけでその「顔」を見えちゃうよ、という種明かしがされる後半部。このあたりの仕掛けは、ガキんちょが読んだら都市伝説になっちゃうんじゃないのという妙なリアリティがあります。
期待通りにラスボスが明かされテンヤワンヤとなるラストは大盛り上がりこそないものの、幕引きは不思議な清涼感さえ漂わせてい、和モノホラー映画を見終えたあとのような心地よい疲労感に浸れるところも素晴らしい。派手さこそないものの、定番のキ印に定番の展開と、新味を求める向きにはチと物足りないところがあるかと推察されるものの、個人的には大満足。
特にミラーニューロンとかいうネタがキ印の手によってトンデモへと昇華される恐怖は牧野ワールドならではで、極彩色の幻視から灰色の幽玄へとシフトしたことで、恐怖小説としての純度を増した本作、『リング』のようにメタレベルで読者を直撃する怖さを所望の変態君にも大いにオススメできる一冊ということができるのではないでしょうか。