おそらくフツーのミステリ読みくらいだったらまずは手にとってもいないだろうナ、というクラニーの時代モン最新作。「小料理のどか屋 人情帖」というタイトルからして、香坂主悦シリーズ以上にミステリ色は薄いカンジなんですけど、これが意外にもミステリとしてなかなかに愉しめてしまう物語もあったりして、堪能しました。
収録作は、病に伏した人物が子供のときに口にしたおっかさんの味を再現しようと小料理屋を営む主人公が奮戦する結構に、毒殺ミステリの変形の趣向が光る表題作「人生の一椀」、ダメ男の兄イとけなげな妹の悲哀を手堅くまとめた感動譚「わかれ雪」、捨て子のママ探しにさりげないロジックを加えて静かな感動を呼び起こす珠玉の感動物語「夏がすみ」、無銭飲食野郎の逸話をこれまた手堅い感動物語に仕上げた「うきくさの花」、そして主人公が武士から料理人へと転身をはかった曰くが明かされる「江戸の華」の全五話。
クラニーファンのミステリ読みとして注目したいのは「人生の一椀」と「夏がすみ」でありまして、特に表題作である「人生の一椀」は、病に伏した人物がガキん時に口にしたおっかさんを味を再現しようと試みるものの、色々と策を弄してもダメ出しを繰り返されるという展開から、果たしてママの味に足りないものはいったい何、という謎かけが秀逸です。
ある意味、この伏線とロジックは毒殺トリックの変形ともいえるもので、意外なものがくわわることで、主人公が見事おっかさんの味を再現させるとともに、それが素敵な感動物語へと昇華される結構が素晴らしい。
「夏がすみ」は、捨て子の母親探しという謎で、赤子ともとに残されていたあるブツからホームズ的推理を繙いていくという展開がいい。物語としては母親が見つかってからが本題ながら、感動ものへと仕上げるベースにこうした推理の趣向をしっかりと用意してあるあたりに、クラニー流の時代モンとしての個性が見られるような気がするのですが、いかがでしょう。
一冊の構成として見事だな、と感心したのは、最後の「江戸の華」で、表題作のタイトルになっている「人生の一椀」という言葉が、最後に冒頭の一編とはまた違った意味で繰り返されるところで、これがまた、主人公が小料理屋を営むことになったいきさつを第四話まで詳しく語ることなく、最後に明かしてみせることで「人生の一椀」という言葉の意味がさらに深みを増して読者の胸をうつ趣向にもなっています。
主悦シリーズのように時代モンの定番をトレースするかたちでクスリと笑わせるような風格こそないものの、時代モンのファンでも安心して読める感動の一冊に仕上がっているのではないかな、と思うのですが、いかんせんミステリらしくない装幀も含めて、ホラー、ミステリのクラニーファンが興味を持たれるかどうかは不明ながら、個人的には主悦シリーズの「遠い富士」と並んで、ミステリ色の濃い「人生の一椀」だけでも読む価値アリ、という一冊ゆえ、ファンであれば臆せずに手にとっていただきたいナー、と思います。ここはさりげなくオススメ、ということで。