角川ホラー文庫からの一冊ながら、どちらかというとミステリとして読んだ方が愉しめるのではないかなという作風で、個人的には堪能しました。実際、アマゾンで単行本のジャケ帯を見ると、「超弩級の暗黒ミステリー」とあって、刊行当初はホラーというよりはミステリとして読まれるのを期待されていたのかな、という気がするわけですが、かといって謎があってロジックがあって解決編があって、――というものとも違うゆえ、このあたりはやはり取り扱い注意、ということで。
物語は、気弱でダメダメな巨漢がヤバげな裏稼業をしているとおぼしき男に拾われ、怪しい場所から怪しいブツを運ぶ仕事を請け負うことになって、――という話。
もっとも件のブツがタイトルにもある「うなぎ」であることが仄めかされ、これが角川ホラー文庫だから怪物だったり、……ということはマッタクありません。ブツを運ぶ仕事そのものに何かモンスターを絡めて怖い話が展開されていくといった構成でもないゆえ、なかかなこの物語の質感を伝えるのが難しいわけですが、気弱なダメ男がヤバげな仕事に関わっていくうちに性格も邪悪な方向に傾いていく、――というところもあって、ここからサイコに転んでいくのかと思っていると、これまた物語はそこまで性急に予定調和へと流れていくこともなく、絶妙なバランスを保ったまま、前半から中盤まで、そのヤバげな仕事とこの仕事に大きく絡んでいるある場所が内包する不気味さと気持ち悪さで魅せてくれます。
しかしとある受難が主人公を直撃し、急転直下、そうした気持ち悪い雰囲気の中に隠されていた登場人物たちと、ある土地の本当の姿が明かされていくという結構で、気弱な主人公の主観に読者の意識を重ねて巧みなミスリードを凝らしてあるところなど、その技法はどこか道尾ミステリを彷彿とさせます。
主人公の目を通して語られるある土地のおぞましさや、登場人物たちのホラー的な不気味さが実は、――という着地点はある種、主人公の成長物語とも読めるし、その気弱さから生じる先入観が悲劇と破滅を生み出す展開も秀逸です。また、ホラーとして見ると、やはり中盤の、ヤバげな仕事から関わることになったある土地のおぞましさは一級品で、特にそれが食い物に絡んでいるところが邪悪。
食い物に都市伝説めいたある噂をブチこんだところなど、怖さ、不気味さ、気持ち悪さといった人間の生理へと訴えかける暗さが物語全体を包み込んでいて、このあたりはホラーとしても愉しめると思います。
ただ、全体の結構をミステリ読みが俯瞰すると、この作品の魅力は、そうしたホラー的な要素として物語世界を構成している不気味さが、主人公の主観からにじみ出したものであり、そこへ読者の意識を重ねて巧みな誤導を仕掛けてみせたところだと思うし、主人公が受難をきっかけにそうした先入観が一掃されると同時に、読者の観ていたものが見事な反転をみせるところなど、主人公の人間描写が冴えているからこその、ミステリ的な騙しの技巧を愉しむのが吉、のような気がします。角川ホラーといえど、ストレートなホラーではないので、むしろミステリを意識しつつ読むことをオススメしたいと思います。