神隠しにあったネクラっ子が愛用していた自転車に怨念が宿って復讐を繰り返す、……「ザ・カー」の縮小版みたいな単純な話かと思っていたら、後半は意外な展開となって、最後の最後に「泣ける怪談」へと収斂するという風格で、堪能しました。
前半は、神隠しにあったイジメられっ子の曰くがイジめていた野郎の視点から過去語りのかたちで明らかにされていく、……という展開ゆえ、自転車には件のボーイの魂が憑依しているのかと思って讀み進めていくと、後半は大きく悲哀の方向へと梶を切って、イジめっ子の妹の視点から物語が綴られていくにつれ、物語は、隠されていた家族の様態が悲哀の彩りを添えて展開されていきます。
前半では、裕福な家庭のボンボンふうに描かれていた件のボーイの心の苦悩が、家族であった妹の視点によって書き改められていき、それが兄妹の、お互いのすれ違いと隠された家族愛を描き出していくという趣向が素晴らしい。
こうした家族という主題が表に出てくるにしたがって、怪異の象徴たる幽霊自転車の立ち位置も大きく変化していきます。冒頭では、神隠しにあったとはいいつつ、きっと恨みをもって死んでいったんだろう、と思わせるような描写が際立っているゆえ、件の自転車には幽霊となったボーイが乗っていて復讐を繰り返しているんだろうな、……とほとんどの読者が考えてしまうかと思うのですが、妹はこの自転車をひとつの魂を持った存在と見なしている。この妹の視点が加わることで、怪異の象徴たる自転車があたかも、けなげなワンコのようなもの哀しい存在に見えてくる。このあたりの悲哀の描写は「トンコ」を彷彿とさせます。
長編ゆえ、一読すると「トンコ」のような技巧的な作品には見えないのですが、妹の視点をフックにして、自転車の持つホラー的な「怪異」を悲哀へと転換させ、それによって神隠しにあった兄の存在を一歩下がった視点から見つめるきっかけを妹に与えてみせるところなど、それぞれの章に異なった視点を配した作者の技巧が後半にいたって抜群の効果をあげてくるところなど、「トンコ」「黙契」という傑作をものした作者ならではのうまさが感じられます。
自転車が失踪した兄の怨念の象徴ではなく、そこに一つの魂を認めた妹の語りが後半のキモだとすれば、このラストの展開は予想出来るとはいえ、妹の語りによって明らかにされた兄の悲哀と自転車の哀愁が見事に重なる幕引きは何ともいえない余韻を残します。
タイトルにもなっている怪異の象徴たる「チャリオ」を物語の構図の中心に置けば「トンコ」を、そして妹と兄の関係からの読みを行えば「黙契」を彷彿とさせる風格は、前作を愉しめた読者であれば、讀後、様々な感想を持たれるのではないでしょうか。一応「泣きのホラー」ということになっていますが、いたずらに怖がらせる方向には傾かず、自転車という怪異の立ち位置をシフトさせていく結構など、ホラーよりは怪談として読んだ方が、ラストの悲哀を堪能出来るかと思います。オススメ、でしょう。