本格ミステリとしてはコロシとその謎解きが主軸であることは勿論なのですけども、本作では事件の謎が解れていくごとにエロいシーンがますます濃厚に盛り上がっていくという展開がキモで、それがまた「探偵」の決意と性愛に絡めた事件の構図を鮮やかに描き出すという趣向が冴え渡った逸品です。
物語のヒロインは妻子持ちの男と社内不倫中の女性で、男の方はまだ離婚もしていないっていうのに二人でハネムーンと洒落て、丹後半島まで真夜中の高速を車をブッ飛ばして行きましょうッ、という強行軍を敢行。旅館に入る前に、男の仕事で立ち寄ったとある建物の地下室でいきなりエッチをオッ始め、そのあと彼を地下室に軟禁、女が用事を済ませて戻ってくると、――その翌朝になって何と、男が鍵のかかった地下室に閉じこめられていたあいだに、彼が借金をしていた人物というのが、そこからもほど近い場所で殺されていたことが判明。しかも、そのすぐそばで有名人の妻も殺されていて、……という話。
警察はどうやらヒロインの不倫相手が怪しいと踏んで色々と調べていくのですけど、何しろ初めて女としての悦びを教えてくれたカレシをヒロインは疑う筈もなく、孤軍奮闘で真犯人を捜し出そうとするのだが……。
本作の場合、この探偵役となるヒロインの造詣と、「求婚の密室」の探偵を対蹠させてみると、その謎解きの過程に込められた誤導の技法や「探偵」のキャラ造詣がより鮮明に見えてくれるような気がするのですが如何でしょう。
いかにもクールにキメた「求婚の密室」の探偵が最後に明らかにしてみせる真相と、容疑者の一人となっている男の無実を晴らすべく探偵に勤しむ本作のヒロインは、そもそもがその動機からして大きく異なるものの、推理の暁に真相へと辿りついた刹那に見せる「決意」は、その動機の相違から物語の幕引きにどのような彩りを添えているのか、――また、それによって推理を通過した後に立ち現れる真相開示が描き出す登場人物の「悲哀」もまた違ったふうに見えてくる譯で、この二作は探偵を男と女に振り分けたそのままに見事な対照を見せています。
トリックの視点から見ると、やはり心中死体みたいに見えてきたものが、そのすぐあとに二つのコロシの「連關」を探らせつつ、事件の構図を単一化させていくために凝らされた誤導の技法が秀逸です。やがて事件はそうした見せ方を裏返すかたちで分岐していくのですけども、フツーであれば、この「まさかコイツが犯人じゃないだろ」という讀者の思惑を呆気なく裏切る展開には不満を洩らしてしまうところを、本作ではそのように事件の構図が次第に明らかにされてくにつれ、探偵役のヒロインの心の移ろいと「決意」の描写に比重が置かれていくという結構ゆえ、脱力に落ち込みかねないそうした展開も不思議とスンナリと受け止めてしまいます。
アリバイ崩しという点から見ると、本作の場合、密室の趣向を凝らしているものながら、非常にシンプルな、人間の心理の盲点をついたトリックで、冒頭からその伏線を大胆に晒しながらも、エロっぽい描写をふんだんに盛り込んだ本作の風格によって犯人が犯行へと繋がる動作をマッタク気取らせない工夫が凝らされているところも秀逸です。
しかしそれにしても、後半もエロ過ぎるシーンの連續には正直お腹イッパイで(爆)、確かにこれは最後の最後、真相が明らかにされた刹那のヒロインの決意を鮮やかに浮かび上がらせるために必要とはいえ、とにかく様々な体位や性技を開陳して、ヒロインの女として悦びを濃密に描いたところは本格ミステリというよりは完全にポルノ小説のソレ。
そんななか、個人的にツボだったのは、やたらと「いやん」を連発する昭和テイスト溢れるヒロインの古風(?)なキャラ造詣でありまして、
「これが、証拠だ」
水沼が香織の手をとって、いきなり自分の下腹部へ導いた。
ズボンの上からであったが、香織の手はそこに怒張する男のものを感じていた。それに触ることが初めてではないにしても、その鉄骨のような硬化度に香織は驚いていた。
「いやん」
甘い声でそう言ったが、香織は手を引っ込めようとはしなかった。
「どうしたんだい」
アタッシュ・ケースをテーブルの上に置くと、水沼はぼんやりしている香織を冷やかすように言った。
「いやあん」
からかわれたのを怒ったような顔で、香織は水沼の胸にすがった。
水沼は背後から、香織の左右の脇の下に手を差し入れて、持ち上げるようにした。
「いやん」
鼻声で甘えて香織は、浮かせた腰をよじっていた。
「求婚の密室」と同様、「探偵」小説として讀むと、推理の過程によって真相が明らかにされるという本格ミステリの結構によって、人間の「悲哀」と「決意」を鮮明に描き出すという手法の素晴らしさを堪能出來る一作ながら、後半の、古風な雰囲気を持ちながらも不倫もノー・プロブレムという、いわば昭和の過渡期にあるヒロインの造詣が印象的で、ミステリ的な愉しみどころはひとまずおいて、後半に描かれるエロっぽい二人の絡みを讀むだけでもなかなかに愉しめる作品だと思います。