暗黒操り劇場。乱歩賞?本格?そんなものクソ喰らえ!
當に早瀬氏の本領発揮というかんじの傑作。前半に立ちこめる尋常ではない不穩な空氣、そして中盤のミステリ的なギミックを活かした反転の構図、さらには後半の超絶なカタストロフ。
聖書の「ヨブ記」とワイルドのサロメに託して語られる「人間達の悪夢」には、乱歩賞の「三年坂」では今ひとつノれなかった自分も大滿足ですよ。さらに嬉しいことは「レテ」において不満に感じられた要素が本作では完全に払拭されていることでありまして、全編はあくまでホラーとしての佇まいをもって展開される物語ながら、ここに「乱歩賞作家」らしいミステリの趣向を活かして、「操り」の構築と崩壞を描ききったところも素晴らしい。
冒頭、端役の男がダンボール箱の中から人間の手首を發見するところからもう、作者の得意とする邪悪にして不穩な空氣がムンムンに立ちこめているところも最高で、警察の鑑識によると、この手首には指もついていず、さらには生きている間に切断されたものだというから尋常じゃない。
この手首が發見されたホールでは、「約束の地」なるいかにも胡散臭そうな會社が採用説明會をやっていたということから、刑事の一人がこの會社をマークして色々と調べていくのですけど、ここにリストカットだのカルトだの都市傳説だの樣々な現代の病理を交えて物語はネットリと進みます。
この真っ暗な雰圍氣をひきずったままこの章の後半で、件の刑事は不可解な自殺を遂げてしまいます。そして次章ではこの刑事の息子が父親の後を引き繼ぐようなかたちで、父親の死に關わる「約束の地」を追いかけていくのですけど、これまた章の後半でこの息子君もカルトの餌食となって、……と續く第三章は数年を経たところから始まり、主人公はこのカルト會社にコネ入社することになった女。
数年前にはイヤな噂もあってどうにもカルト、怪しい團體と見られていた「約束の地」も今ではすっかり世間に定着して、女社長は自分の成功物語まで本にしてこれがまた大人氣、という具合。
しかしこれがまた、胡散臭いオカルトを「癒やし」とかいうオブラートに包んで喧伝している現代の構図と似ているところがまたミソで、前二章ではもう勘弁してくださいッというくらいにムンムンとたちこめていた邪悪な空氣がここでは見事なまでに一掃されています。しかし今の時代と照應してみると、一時は世間からは胡散臭いと見られていたカルトがすっかり社會に定着してしまっているところなど、時代の空氣もとらえた物語の構成にこれまた作者の巧みを感じてしまいます。
何かしらの心の闇を抱えていた人物達がテンコモリだった前二章と異なり、三章からの展開はホラーというよりは正統なミステリタッチで進められるのですけど、あちこちで發見された人体の一部は一体誰のものなのか、そして失踪した人物の正体、さらには都市傳説とそれらの事件との關連など、樣々な謎にカルト會社の内幕なども絡めて、ここにミステリ的な反転の構図を添えているところも秀逸でしょう。
特にこのカルト會社の中心人物の一人がアレじゃないか、と疑うところから人体の損壞がアレではないか、という反転は、さながら連城氏が「美の神たちの叛乱」で見せた趣向のひとつのようでもあり、このあたりに乱歩賞作家となった氏の意気込みを見たような氣がしますよ。
ミステリのそれとはやや趣を異にするとはいえ、本作で大きくフィーチャーされているのが「操り」で、この操りの構図の一番上位にいる頭目探しも本作の後半を大きく牽引していく謎の一つ。宗教やカルトを主題に据えたこの系統のホラーであれば、大二神の對立みたいな陳腐なところに落ちてしまうものが結構あったりするんですけど、本作では神や奇蹟を扱いながらも絶對神のごとき存在は希薄で、物語の後半に出てくるとある人物のモノローグにもある通り、すべては「人間達の悪夢の」「一幕のはかない芝居」であるというところが素晴らしい。
人間の欲望こそがこのドス黒い暗黒劇場を支えていて、それが最後にはワイルドのサロメに託した愛へと昇華されていく素晴らしい幕引き。勿論、ここで語られる愛というものは作中で「サロメ」と同樣に物語の背景にも大きく絡んでいる「ヨブ記」に象徴されているところからも分かる通り、ここ最近の出版業界が盛んに喧伝している純愛ものとは大きく異なる譯で、「ヨブ記」とは對照的な、病んだ女のエゴイズムが大波亂を引き起こす後半の展開にはキワモノマニアもニンマリ至極の素晴らしさ。
ただ、最後の方で、モニター畫面に映し出されたチョイ役どもがチンチンやっている場面(意味不明。でも讀めば分かります)のバカバカしさには苦笑してしまいましたよ(爆)。これ、小説だからまだ救われているものの、映畫だったらどうなんでしょう。もっとも自分のようなキワモノマニアにしてみれば、このクダラナさもまた本作の大きな魅力の一つでもある譯ですが。
「レテ」では世界の構図が明らかになった後の失速ぶりが個人的にはかなりアレだったんですけど、本作では、「レテ」を遙かに凌ぐ不穩な雰圍氣を前半にギッチリと描き乍ら、中盤からはその色を變えてミステリ的な展開で物語を引っ張っていくという構成もまた巧み。最後までまったくダレることなく讀むことが出來ましたよ。
「三年坂」のような、正統的なミステリとはやや異なるとはいえ、躊躇いなくミステリというカテゴリで論じることが出來るような作品よりも、ホラーの構図にミステリ的な趣向を凝らした本作のような作品の方が、早瀬氏には合っているんじゃないかなア、と感じた次第です。
「レテ」のあの不穩な空氣が堪らないという方、また自分と同樣、「レテ」の後半での失速感がやや氣になったという方には、是非とも本作を手にとっていただきたいと思いますよ。また「三年坂」を讀んでなくてもまったくノープロブレムで、個人的には「レテ」のようなホラー系が好みの方のほうが本作をより愉しめると思います。
とはいえ、中盤で繰り出されるミステリ的な趣向もまた本作の大きな魅力でもあり、その意味では「三年坂」から早瀬氏を讀み始めた方も、「操り」の連鎖と崩壞を追いかけながらミステリ的な謎解きを味わうことが出來るのではないでしょうか。
最近の角川は恒川氏の「雷の季節の終わりに」やあせごのまん氏の「エピタフ」に續いて本作と、ホラー大賞系の作家から續々と傑作怪作をリリースしてくれて嬉しい限り、……とはいえ、何故早瀬氏の二作目が本作ではなく、乱歩賞の「三年坂」だったのか、角川の編集者はいったい何をやっていたのか等、色々と疑問に思うところもあるとはいえ、角川にはこれからも早瀬氏を大プッシュしていってもらいたいと思います。という譯で勿論、本作はオススメでしょう。
『サロメ後継』、『レテ』の次回のホラ大で賞逃してましたが……乱歩賞獲ったからと慌てて刊行したのでしょうか? そうなら角川は後手に回った感がありますが。
私は、『レテ』はすごく面白かったけど不満がないとは言えず、『三年坂』は買ったはいいけど未読、という状態でした。
『サロメ』は読もうかどうか迷っていて、まあ『三年坂』読んでからでいっかな~……などと考えていましたが、私には『三年坂』より『サロメ』のほうが楽しめるかもしれない。と、感想を読んでいて思いました。
なんかすごく読みたくなりました~。
なかがわさん、こんにちは。
實はそちらのブログで「三年坂」は未讀で本作の購入を躊躇っていると書かれてあるのを見つけた為、このエントリでは「三年坂」を未讀の方も是非、とオしてみた次第です(笑)。
まだ早瀬氏の作品は三作だけですけど、初心者にオススメするとしたらやはり本作ですね。氏のミステリ作家としてのいいところと、ホラー作家としてのいいところの雙方が見事に活かされた作品だと思います。特に前半の不穩な雰圍氣は牧野氏の「偏執の芳香」や「病の世紀」のそれをも遙かに凌ぐのではないかと。このあたりも完全にツボでした。