ためになるクズミステリ、スカムから浮かび上がる操りの構図。
最近秘かに「ウンタラカンタラ」殺人事件というタイトルを冠した昔ミステリを蒐集しておりまして、以前ここでも取り上げた相村英輔氏の「不確定性原理殺人事件」など、そんな中から思わぬ怪作を見つけてはひとりニンマリとしていたりします。
で、今回取り上げる「成功術殺人事件」なんですけど、そのベタベタなタイトルにえもいわれぬひばりテイストを感じて手に入れた本作、確かにあまりにアンマリな話の展開などクズミステリらしい結構を保ちつつ、その實、クズ的な予定調和が最後の最後に反転して操りの構図が明らかになるという、これがまた予想外に今フウな讀み方でも十分に愉しめる作品だったりしたから吃驚ですよ。
物語の主人公はビル管理会社を経営している男なんですけど、冒頭、こいつのところにいきなり「お前の母親を誘拐したから一億よこせ」なんていう電話がかかってきます。
ボンクラの小心者だったらここで慌てふためいてしまうところなんですけど、この主人公は冷静に、というか誘拐犯の想像の斜め上を行くような受け答えで犯人をスッカリ手玉に取ってしまう。
そうして犯人より優位なところに立ってどうにか母親を取り返そうとするのだが、……という誘拐ものらしい展開を見せるのかと思いきや、話はたびたびかかってくる犯人からの電話でのやりとりに、妙チキリンな犯人の回想シーンが挿入されるという構成でユルっぽく進みます。
この主人公の過去というのがまた奮っていて、上京してきたところをスカウトされて藝能界に飛び込むことになるものの、その後で色々あって、とある暴力團の組の客分を名乗る男と知り合うことに。
で、この男というのが相當の變わり者で、店にやってきたゲス野郎を巧みな心理術で撃退したりするんですけど、この男に魅入られた主人公は彼に弟子入りのような恰好で、この男の唱える成功術の指南を受けることになって、……という話。
で、男と主人公との會話の要所要所に、この男の持論である成功メソッドがゴシック文字で挿入されているところが秀逸で、例えば「感情は其衝動を達すれば頓挫し消失するものなり」とか、「信念のパワーというのはすごいものだ」等々、自分のような成功者にはほど遠いボンクラにとってはためになるような金言至言がズラリと竝ぶところは壓卷です。
男が唱えるメソッドの中で作品中、もっともリスペクトされているのが、要するに潜在意識に働きかけろという何処かで聞いたような代物で、男の台詞を引用するとこんなかんじ。
自分で意識できる心の範囲を顕在意識といい、残りの部分を潜在意識というんだ。顕在意識が占めるのはほんの氷山の一角で、心の大部分は潜在意識で成り立っているのさ。
この潜在意識は強大なパワーを持っていてね、それを利用すると、すごい能力が発揮できるんだ。
人から拔きんじて成功しようとするなら、こちらのパワーを利用するのが祕訣さ。イメージ成功法というのは、無限の能力を持った心の無意識世界に、救援を呼びかける技術だと思えばいい。熱心に、かつ具体的にそちらに願望を送り込むと、やがて潜在意識が動きはじめて、夢の実現に力を貸してくれる。
しかしこんなインチキ宗教の教祖様みたいなものいいに、主人公はスッカリ感激してこの成功術の実践をしてみるとアラ不思議、詐欺野郎の芸能プロに騙されて自殺しようかと思っていたところを助けられるわ、盗まれたお金は返ってくるわといいことづくめ。
強く願って願望が實現するというのであれば、自分も日々谺健二氏や澤木喬氏や佐々木俊介氏の新作が本屋にドッサリ平積みになっているところとか、出版芸術社のふしぎ文学館シリーズが全国の本屋で札幌の旭屋書店みたいにズラリと竝んで大ブームがわき起こっているところとか、南波杏嬢主演で「ハリウッド・サーティフィケイト」が映畫化されて杏嬢がデブ野郎にボールギャグ噛まされて悶絶しているところとかをグフグフと心の中に強く思い描いたりはしているんですけど、やはり妄想と思考は大きく異なるようで、この中の一つとしてリアル化する気配さえ今のところありません。
で、この母親の誘拐事件と主人公の回想に絡んで前半、更にこの男が再婚した女の連れ子(といっても既に二十代の娘っ子)が男を殺してしまう事件が語られるのですけど、中盤はこの密室状態で死んでいた男を殺してしまったのは本當に娘っ子なのかというあたりを探りつつ、誘拐されていた母親は主人公の思念が現実化したのか、アッサリと解放されてしまうし、何だかすべてが中途半端な状態のまま、物語はそれでもマッタリと進みます。
パニック状態となってすっかり部屋ン中に引きこもりになってしまった娘はついに父親である主人公に事情を打ち明け、ひょんなことからかつての師匠の連絡先を知ることになった彼は、早速師匠に相談を持ちかけることに。
探偵となって再び彼の前に現れた男は香具師っぽいキャラで物語を引っかき回すのかと思いきや、これが本當の名探偵で娘が殺したのではないかとビクビクしている殺人事件に關しては、真犯人は他にいる、犯人は現場から見つかった脅迫状を書いてよこした幽霊、なんていうトンデモ推理を大披露。
幽霊が犯人、なんていう暴言をしかしこの探偵に心酔している主人公が疑う筈もなく、その眞意を探ると、これがまた意外にもスッキリした推理で説明をくわえてくれ、誘拐事件も含めて彼の一家に降りかかった一連の事件はすべて解決、メデタシめでたし、……とはならずに、主人公は背後から頭を毆打されるという不意打ちにあってしまう。
このあと、惡魔主義めいた展開になるのかと期待していると、ここでも彼は自らの思念が現実化したのか窮地を脱することとなり、そのあとの後日談というかたちで誘拐事件から密室殺人、そして主人公を襲った人物の關連が探偵の語りによって明らかにされるという趣向です。
今まで何だかハッキリしないぬるい推理小説だと思っていたのが、この一連の事件がすべて一つの糸で繋がっていたと喝破する推理、さらには主人公が前半から誘拐事件に絡めてダラダラと語っていた半生もが操りの構図にはめ込まれるところは秀逸です。
という譯で思わぬ掘り出し物でありました。金言をゴシックで表したり、それぞれの章題が「暴力団の撃退法」、「渡る世間に鬼がいた」、「脳内の超高速回路」といったところから脱力のクズミステリかと思わせておいて、最後の最後に操りの構図を明らかにしてすべての伏線を回収してしまうという巧み技。それでも大眞面目に讀むとアレなんで、その脱力テイストから釀し出されるスカムにニヤニヤしながら、最後にミステリの技に驚いてみる、という讀み方がいいと思います。