「不思議島」、「二島縁起」に續く創元推理文庫でのシリーズ第三彈である本作は、多樣多彩な面白さをイッパイに詰め込んだ短編集。主人公である中年船長と助手の娘っ子もいいんですけど、クセのある脇役と彼ら彼女たちの人生の斷片を切り取って素晴らしいドラマを展開させる物語が素晴らしい。
収録作は、子殺し未遂と娘っ子に認定された母親が船の上で訊問を受けまくる「N7↑」、誘拐事件に巻きこまれたガル3号が敵船と海上アクションを大展開させる「部屋の背戸」、八年前の殺人事件の謎解きのアリバイ崩しに師匠の祕傳が炸裂する「見えないロープ」、ガメつい神官の謎謎に娘っ子が意外な活躍振りを見せる「謎々」、暴走船に襲撃されかかった船長と肝っ玉婆さんのやりとりに逆転推理が思わぬ眞相を明らかにする「マーキング」、無理心中失敗にブチ切れたバブル男との行き詰まる海上での攻防を描く「コウゾウ磯」、そして人生の悲哀を添えつつ微笑ましい後日談でシリーズの終わりを締めくくる「灘」の全七編。
ミステリ的手法の冴えという點では、「N7↑」の、推理だけでグイグイと話を進めていく展開がお氣に入りで、譯ありっぽい子連れ母を乘せた船は、荒れまくる夜の海を走行中、子供を海に落としてしまいます。
しかし助手の娘っ子は、母親が子供を海に突き落としたのだと邪推、實際の現場を見ていない船長と娘っ子の詰問をノラリクラリと交わす母親だったが、……ってすっかりワル女に描かれていた母親に船長の推理が落ち着いた結論がこれというのは何とも苦笑。船上における打々發止のやりとりだけで物語を転がしていくところが見事で、多島氏の文章って非常にアッサリしたものながら、人物描寫が巧みというか、派手さはないものの登場人物の造詣が明瞭に浮かんでくるところが堪りません。
アリバイ崩しのネタで、いかにもミステリ風に話が進むものの、最後は一般人の知らない究極の祕傳を中年船長の師匠が明かして謎解きが終わる「見えないロープ」もいい。まず「16ノットで1時間、これで尾道に着くことはできる」かという謎が魅力的で、飛行機も電車も使えない、唯一乘物としては船しかないという海上でのアリバイ崩しに、地の利と技を驅使した祕術を使っているところがこの物語のミソ。
これをただの一發ネタのミステリに終わらせずに、八年前の殺人事件に絡めて、一人の男の人生の悲哀を描いてみせているところが巧み。この事件の容疑者として擧げられている男は船仲間からの人望も篤く、彼を犯人だと決めつけてアリバイ崩しに挑む主人公の態度に同業者からは非難囂々、そんななか謎解きに挑む中年船長がこの男と一瞬、視線を交わすところの描寫が見事で、
<しずなみ号>の操舵室の窓から船長の西浦がこちらを見ていた。以前のような親しみの笑みは勿論浮かべていなかったが、しかし怒りや憎悪の目でもなかった。西浦の目は、寺田に何かを語りかけたがっているように見え、寺田はそれを<理解>の眼差しだと感じ取った。西浦はなぜか寺田を憎まず、むしろその行動に理解を示しているかのような気配だった。
八年前の事件の犯人はやはり西浦だ。――寺田がそう確信したのは西浦のその目を見たときである。西浦は心のどこか奥底で、八年前の事件を償いたがっているのではないか。
無駄のない簡潔な語りの中で、男の視線に感じたそれを「理解」という言葉で表現してみせるところなど、何か寿行センセに似ているなア、と感じた次第です。
このシリーズのもう一つの魅力である海上アクションという點でイチオシなのが「コウゾウ磯」で、何よりもバブル時代の乱開発に與して結局負け組に落ちぶれた男の造詣がステキ。この男のクルーザーが座礁しているところを助けた中年船長は、しかし連れの女から男の船には戻りたくないと告白される。
何でも男は女を道連れにして無理心中をはかろうとしたのだというから吃驚で、男にそのことを告げて女を戻さなかったところ、ついに男は逆ギレしてこの後はガル3号との「激突」アクションが大展開。男が船に突っ込んでこようとするところへ樣々な技を繰り出し間一髮で難を逃れる機轉の良さを見せるものの、男はストーカーとなって執拗に船を追いかけ回す。そして最後の對決に船長が見せた絶招とは、……。アクション映畫のラストシーンを思わせる御約束通りの結末も素晴らしく、このバブル男のキャラだけでもキワモノマニアとしては大絶讃の傑作でしょう。
「マーキング」もまた海上アクション的な展開を見せつつ、謎めいた行動を繰り返す船に絡めてとある事件の背景が明かされる反轉が好みで、灯浮標をブチ壊し、ガル3号に突進してくる暴走船を、お客さんである肝っ玉婆さんのリクエストで追い掛けることに。で、この脇役の婆さんがまたいい味を出しています。
そして本作の最後を飾る「灘」は、家族を捨てて瀬戸内にやってきたと思しき男を探して訪れた探偵女が脇役。この失踪男の譯ありな過去を仄めかしつつ、一人の人間が生きてきた過去に深入りしないところがうまい。
短編ゆえの引き算が活かされた人物描寫も巧みなら、ここでも「四十五年間のおれの人生をあんたがそっくり辿りなおさない限り、あんたにおれを理解することはできない」という男の言葉がグッと心に響きます。
そして物語の大枠としてこの失踪男の人生を際だたせながらも、同時に主人公である中年船長のそれと對比させてみせるところも巧みなら、さらにはそこへ助手である娘っ子の苦い人生をもさらりと添えてそれを後日談へと繋げている構成も含め、シリーズの最後を飾るにふさわしい一作といえるのではないでしょうか。
ただ、これでシリーズが終わりかと思うと何だか非常に寂しいかんじがするのは、それだけ自分がこの中年船長や娘っ子のキャラに引き込まれていたということなんでしょう。何かこの、主人公である中年男の描き方が絶妙で、自分のような寿行ファンの心をくすぐるんですよ。
本作を讀んだあと、前作の「二島縁起」は短編の中に含まれるべき作品だったのだなあ、というふうに感じました。ただ解説で杉江氏が述べている通り、過去と現在が交錯するネタゆえにこの物語は構成上、短編で纏めるのが難しかったということでしょう。「灘」の餘韻に浸りながら、「二島縁起」を再讀してみたいと思いましたよ。
中年男の造詣やキャラ立ちした脇役たちから、彼らの人生を見事に描き出してみせることの巧みさも含めて、ミステリ、アクションと多彩多樣な魅力が満喫できる傑作短編集。ミステリの味を添えた極上の短編を所望の方におすすめです。