小市民パパの妄想天國。
未讀でした。リリースされた當時、かなりの問題作として話題になった記憶があるんですけど、「女王様」の後に讀んでみるとまあ、歌野氏にはこの路線もアリなんだろうな、とそんなかんじですよ。
物語は新興住宅地で誘拐事件が續發、メールを使って身代金を要求してくる手口や、死體となって發見された子供たちが同じ拳銃で殺されているところなどから警察は同一犯による犯行と確信する。
そんななか、二人の子供を持つ幸せパパは、十二歳の息子の部屋から、誘拐事件の被害者の名刺を見つけてしまいます。さらには机の抽斗には拳銃が隠されていたから吃驚仰天、果たして一連の誘拐事件の犯人は自分の息子なのか、……という話。
このあとの「展開」をここで書いてしまうことはやはりネタバレになってしまうんでしょうけどまあ、最初の方だけチョロッと書いてみると、パパの家にはついに警察がやってきて息子を補導、さらには決定的証拠となる名刺や拳銃など諸々のものも含めて家宅捜査のすえに押収されてしまいます。
さらにはマスコミや周辺住民から総攻撃を食らい、ネットでは個人情報がバラされて家族の皆は滿身創痍。補導された息子に面會を果たしたパパは、息子の口から犯行をカミングアウトされて、總ての希望を斷たれてしまう。
そこへ近所のヤクザ男が保険金詐欺を持ちかけたり、ゲスなジャーナリストに指弾されたりともう大變。そこへダメ押しとばかりに自分の娘はキ印に誘拐されてしまう。果たしてこの家族の運命は、……。
このまま惡魔主義を爆發させて小市民パパも含めたこの家族が坂道を轉げおちていくような展開になれば最高にツボだったんですけど、後半はパパの妄想が大暴走、事件の眞相を抛擲したまま物語は一見幸福を取り戻したような父子の樣子を描きつつ、不氣味な餘韻を残したままある意味唐突に終わります。
自分としてはこのネタと構成も分かっていたので、後半もそれなりに愉しむことが出來ましたよ。これ、多重解決ものの變形と見ることも可能だと思うし、このネタがアレだということを承知で挑めば普通のミステリとしても愉しむことが出來るのではないでしょうか。
構成としては「女王様」の系譜に属する作品とはいえ、後半總てを費やして語られる個々のネタも綺麗に仕込まれていたゆえ、この點で不滿はありません。個人的には、一番最後に語られる、自分の娘が實はアレだったという小市民的には絶對に耐えられない鬼畜ネタがツボでした。ただこれ、倒叙ミステリとして見た場合、犯人のトリックが暴かれるところは些か凡庸かな、という氣もします。
さて、上にも書いた通り愉しめたことは愉しめたんですけど、じゃあ評價できるかというと正直微妙、でしょうか。「葉桜」と「ジェシカ」は良し、しかし「女王様」はちょっと、という自分としてはやはり「女王様」路線ともいえる本作のような作品は、歌野氏には書いてほしくないなア、なんて考えてしまうんですよねえ。
前半をフルに使って展開される誘拐事件はサスペンスも交えて非常にうまく描かれているし、後半のネタも、家族が非難囂々の地獄巡りを体驗する最初のものや、前半に登場したホームレスを使って犯行を隱蔽しようとするところを倒叙風に展開させているところなど、本格云々や実驗精神云々を拔きに普通のミステリ小説としても非常にうまく描けていると思います。
また小市民的な幸せ家族の典型的な一シーンを描きつつ、そこにこの後の破滅を予感させる不氣味さを残した幕引きなど、小説的技巧としてうまいと思います。で、歌野氏には小手先の実驗的精神をひけらかすよりも、直球勝負で挑んでもらいたいなア、なんて考えてしまうのは自分だけでしょうかねえ。
破綻のない物語を書けるからこそ、小説全体にミステリ的な仕掛けを凝らした「葉桜」のような傑作や「ジェシカ」のような作品が生まれてくるのだと思うんですよ。それと本作、上では実驗的、なんて書いてしまいましたけど、最後にはひとつの眞相を讀者に呈示するミステリ的な視點から見れば確かに問題作とはいえるものの、この手法も多重解決ものの變形と考えればそれほど奇天烈な構成でもない譯で、實験的問題作として見た場合には、後半に展開される總てのネタがアレだったというだけの、非常に一本調子なお話に見えるところがちょっとアレ、でしょうか。
という譯で、本作は前半を誘拐事件のサスペンスとして、後半を多重解決ものの變形として讀む、というのが一番愉しめるかな、という氣がします。後半に入ってすぐにこのネタは明らかにされてしまうのですけど、ここで脱力してすぐさま本を閉じてしまうのではなく、寧ろ樣々に繰り出されるネタをひとつの完結した短編として讀み進めていくのが吉、かもしれません。
「葉桜」「ジェシカ」派の自分としては本作、歌野氏の作品としてあまり評價はしたくないんですけど、面白く讀めるのは事實。「女王様」派の人にお薦めしたいと思います。「葉桜」の感動は期待しないように。