ウジ虫野郎の文豪妄想。
早瀬氏の乱歩賞受賞作「三年坂 火の夢」を讀んで、どうにもかつて乱歩賞を取り逃した作品を手にとってみたくなりまして。そんな中、乱歩賞には必須の専門知識もナッシング、人間ドラマはあるもののキ印の葛藤劇とあってはどう見たって乱歩賞は無理でしょう、というアレ系のネタだけで大胆に勝負を挑んだ本作を今日は取り上げてみたいと思います。
「月刊推理」の新人賞に応募した原稿を巡って、キ印の作家志願男やその原稿を拾った凡助を交えて、當に「倒錯」というタイトルにふさわしい錯綜した構成で鮮やかなどんでん返しを見せる本作、しかしネタが分かって再讀してみると何というか、主人公の男二人の立ち居振る舞いはギャグ漫画の登場人物を激しくデフォルメしたかのような奇天烈ぶり。
そもそもこの男どもときたら、作家になれば大金持ちになって都心の豪華なマンションに暮らしてファンの女の子とあんなこともこんなこともしちゃってウッシシシ、……なんてどうしようもない妄想に頭をムンムンさせているような輩でありますから、他人が書いた原稿をさらっと讀んだだけで受賞が間違いなしと確信したり、未だ原稿は完成もしていないのに傑作と自分で認定したりと、その緩みまくった電波ぶりも奮っています。
で、本作はこういった、いうなれば一般人が作家という職業に抱いている漠然としたイメージを騙しに利用しているゆえ、このあたりにニヤニヤしてしまうともう駄目です。その意味では作家志望で日々原稿用紙に小説らしきものを書き散らしながら、今に見てろよ僕だって作家になればモテモテ君で、ベンツもポルシェ乘り放題、ヒルズ族なんて目じゃないぜッなんて妄想をたくましく出來る人の方が本作の魅力を堪能出來るかもしれません、……っていうか、今日日、ほとんどの人が作家になって億萬長者になってやるなんて考えを持っているとは思えないんですけどねえ。
しかし本作の主人公は違います。自分の作品がほぼ間違いなく新人賞を取ることが出來るという神の声(多分電波)に從うまま、そんな自分の自信作をワープロで綺麗に清書してやるから、なんていう友人に渡してしまったのが運の尽き。
友人が電車の中においてきてしまった原稿は、小説のイロハも知らないゲス野郎に拾われるところとなるんですけど、このゲス男もまた大したもので拾い原稿にざっと目を通しただけで傑作と大確信。知り合った女を口説くときには、この原稿で新人賞は確実、将来は作家樣だと豪語してみせるほどの阿呆ぶりを見せつけてくれます。
原稿の清書を行うのがワープロであったり、作家になって大金持ちという妄想が未だリアリティを持っているところなど、流石に時代を感じさせるところはあるものの、アレ系のミステリとしては非常によく纏まった仕掛けで最後のどんでん返しを見せてくれる構成や、「このウジ虫め!」というキメ台詞が用意されているところなど、折原氏の現在の作風に見られるすべての要素を満たしているところも興味深い。
勿論頭を殴られて混沌する場面がタップリ仕込まれているところも拔かりなく、本作ではさらにアレ系で物語の集束を見せたあとに乱歩賞に挑んだ作者の日々をあとがきに添えるというメタ的な趣向も秀逸です。
落選のボヤキが何とも痛々しく感じられるあとがきなんですけど、結城氏の解説によれば、作者の折原氏は本作で乱歩賞をとれるかどうかについては半々と見ていたとのこと。しかし今でしたらこの作風では一次予選の通過すらままならないのでは、なんても思ったりするんですけど如何でしょう。
個人的には本作のようなハジケまくった作品をたくさん讀んでみたいとは思うものの、こういうマニアの意見に耳を傾けるよりは、常日頃からベストセラーに敏感な一般の本讀みの方の嗜好に留意した方が本が賣れる譯で、……なんてボヤキまくっているというのも、先日讀了した「三年坂 火の夢」において綾辻センセが評價している部分が自分は全然愉しめなかったことにかなりショックを受けておりまして(爆)。
まあ、普通のミステリとは違う乱歩賞受賞作ゆえ、そこまで深く考える必要もないんでしょうけど、他のミステリ讀みの方々が今年の乱歩賞作品にどのように愉しまれるのか、非常に興味がありますよ。
とりあえずもうひとつの鏑木氏の作品も讀んでみたいと思うんですけど、自分が好みの作家である早瀬氏の作品でこれだからなア、鏑木氏はざっと調べてみたところ、懸賞小説の鬼みたいだし、そうなれば早瀬氏以上に乱歩賞金を「獲り」にいった作品であることは疑いなく、……なんてクダラナイことに頭を惱ませてしまうのでありました。