静かなるタフガイ、クロカン男節。
先日取り上げた「二島縁起」は船を操る中年男が活躍する作品でありましたが、やはり男とメカ、といえばまず思い浮かぶのが車、ですよねえ。しかしこちらが期待しているのはミステリ、それもハードボイルドや冒険小説といった硬派指向の物語でありますから、ここで主人公がチョイ惡オヤジを氣取ってマセラッティとかメルセデスのCLSとか乘っていてもネクラなミステリマニアはまったく愉しめない譯です。
その點、本作の主人公である中年親爺がセレクトしたのはゴールデンイーグルの愛称を持つCJ-5。バリバリのクロカンですよ。V8エンジンを搭載したこのジープを駆って、娘が生前に書き留めていた手記を元に、彼女がかつて訪れたことのある峠を辿る、という物語なんですけど、主人公はノッケから峠の茶屋で強姦された人妻を發見、そして旦那を殺した後に人妻を輪姦したケダモノが野獸の若者、というのは寿行ワールドの大法則でありましょう。
で、文中では「狼」とされているこの野獸どもが讀者を前に開陳する「青年の主張」が奮っていて、若者は何故女をヤッちゃいけないんだ、と狼Cが毒つけば「そりゃあ、政府が惡いからだろ」と狼Bが答えるという按排で、「若い者にこそ、女をあてがうべきじゃねえか。中年男は十日に一日しかできねえ。おれたちなら、毎晩できる。朝昼晩にだってやれら。食前食後ってやつよ」とこの色狂いの若者は自らの絶倫ぶりを猛アピール。
峠の茶屋に捨ててきた人妻の體を思い出して「きれいな尻だったな、ちくしょう」と「白くて、大きくて、ツルツルした尻」に未練タラタラなところなど、とにかく若者はすべて惡であり野獸である、という寿行世界の法則通りに行動するザコキャラは、主人公の駆るゴールデンイーグルの餌食となって谷底に落下、これで一段落かと思いきや、以後、主人公のジープの行く先に正体不明の怪しい連中が立ちはだかります。果たして彼らの目的は、……という話。
この正体不明の敵方が操るのがトヨタのランクルで、中盤に海岸でゴールデンイーグルとランクルが砂塵を卷き上げて凄まじい格闘を繰り廣げるところは本作の見所のひとつでしょう。またゴールデンイーグルに装着されたウインチも大活躍で、敵に追いつめられるや川渡りを演じるのみならず、このウィンチを使って滝上りまでも行ってしまうという豪快さが「くるまにあ」には堪らないところでしょう。
敵方のランクルが退場したあと、ゴールデンイーグルは、パワーでこちらを凌駕するフォードブロンコとの一騎打ちに挑みます。果たして主人公の命運はいかに、……なんて書いてしまうと、クロカンのカーチェイスばかりの物語かと思われるかもしれませんがさにあらず。
實は本作、明確に推理小説を目指していた寿行センセの初期作を除けば、思いの外ミステリ的な趣向が冴え渡った作品でありまして、大袈裟な殺人事件こそ起こらないものの、娘が手記に殘していた不可解な記述の意味が解明されるところなどは、寧ろ今であればこそミステリとしても愉しめるのでは、と思ったりするのですが如何でしょう。
例えば娘がとある村で見たという狐の行列の謎を絡めて村人たちの犯罪が明かされるところなど、幻想的な怪異が推理によって解明されるという結構は短篇で纏めれば立派に本格ミステリとしても成り立ちます。ここが秀逸。
また峠を辿るごとに主人公は樣々な謎に遭遇し、そのたびに娘が殘した紀行文の裏に隱されていた人間の悲哀が明かされていくところも素晴らしい。そしてゴールデンイーグルを執拗に狙う怪しい男達の存在と、その背後に隱された陰謀劇を中心に据え、連作短篇めいた趣向で主人公が辿る峠に人間ドラマを展開させていくという構成も飽きさせません。
そのぶん、キワモノマニアがどうしても寿行センセに期待してしまうエロシーンは薄味乍ら、中盤以降で絡んでくるバイク男と主人公の、男二人の友情は後半にしっかりと描かれていて、このあたりも大滿足。
道には無量の思想がある、という言葉に集約される寿行センセらしい宗教觀、というか人生観が堪能出來るところも見所で、「垰」という言葉に託された寿行センセの思想が、ひと息に語られるところは大感動。少し長いんですけど以下引用してみます。因みに小菊、というのは交通事故で亡くなった娘の名前です。
道には無量の思想がある。
小菊は、そう、書き遺した。
たしかに、道はどこにでも通じている。さまざまな思想を祕めているように見える。だが、垰は隔絶されている。垰は登りと下りに限定されている。無限のかなたに通じているようで、ほんとうはどこにも通じていない。本質的にいえば、道もそうであるのかもしれない。歩く自由のない者には道は拓けていないのも同じだ。
垰は、隔絶されている。
無限の可能性を祕めているようでいて、ほんとうは、どこにも通じていないのが、垰だ。その垰に、小菊は惹かれたのではなかったのか。
垰に残る哀しみが小菊を魅したのではなかったのか。
ジーパンの人妻が後ろから犯されるのだけが寿行センセじゃないッ、この深みのある思想性もまたセンセの魅力のひとつでありまして、エグい凌辱場面を嫌って寿行センセの作品を敬遠している人こそ本作を手にとっていただきたいと思う譯です。
新本格を通過した今だからこそ本作に込められたミステリ的な趣向を愉しめるのではないかなア、と思うとともにセンセ獨特のハードロマン節、さらにはその深淵なる宗教觀や思想性まで堪能出來るとあれば、寿行センセの代表作のひとつとして推薦してもおかしくはない、ですよねえ。という譯で、寿行センセのハードエロに敬遠してしまっている讀まず嫌いの人にもおすすめしたいと思います。クロカンマニアは必讀でしょう。