メロドラマトリック。
本屋が仕掛けたいっときの「症例A」ブームにも乘れなかった自分としては、作者の作品を手に取るのは實は本作が初めてでありまして、創元推理がこうして文庫としてリリースしてくれなければ、中町センセと同樣、完全にスルーしていたかもしれません。
で、本作なのですが、「不思議島」なんてタイトルからして孤島ものみたいな雰圍氣なんですけどさにあらず、表向きはモジモジヒロインの戀愛ドラマを裝いつつ、その裏に隠された作者の周到な仕掛けが最後に素晴らしい転換を見せる、當にジャケ裏のあらすじにある通り、「ドラマとトリックが融合した傑作」です。
物語は四国で買い物をすませたモジモジヒロインが、歸りのフェリーボートの中でとある青年醫師と知り合います。何でもこの男は四百年前のとある傳説の謎解きをする為に島巡りをするのだといい、瀬戸内海に浮かぶフシギ島の由來を彼女に語って聞かせる。
で、この島巡りにかこつけて青年醫師はヒロインに急接近、二人は急速にいい雰圍氣になっていくんですけど、何しろ小島ゆえ二人の噂は瞬く間に広まり、この青年醫師との交際に彼女の親族は猛反對。實はこのヒロイン、子供の頃に誘拐事件の當事者で、青年のいう件の小島に置き去りにされたという過去もあって、それが激しいトラウマとなっている。
どうやらこの青年醫師は過去の誘拐事件に執着の御樣子で、さらに彼もまたこの誘拐事件には少なからぬ因縁があることが明らかとなり、……という話。
四百年前の傳説云々というところについては、物語の幕が開いたところでヒロインがあっさりとその謎解きをしてしまうのですけど、これが見事な騙しとなって後半、誘拐事件の謎解きをするところでは絶妙な効果をあげています。
誘拐事件で使われた仕掛けについては、少しでもこの系統のミステリを讀みなれている方であれば容易に眞相にたどり着くことが出來ると思うんですよ。しかし本作のキモは實をいえばそこにはなくて、ヒロインと青年醫師のメロドラマが進むなか、誘拐事件の謎をちらつかせつつ、その裏で祕かに進行していたある事實を隱蔽する為のものだったというところが最後の謎解きで明らかにされます。
途中で青年醫師の動向がいきなり怪しくなってくるので何かあるんだろうなア、というかんじで讀み進めていたんですけど、この眞相を予想することは出來ませんでしたよ。
さらにこの謎解きが終わってからの展開も見事で、青年醫師が喝破した推理がその後、關係者の告白によって少しづつ修正されていくのですが、そこから作中で巻きおこった逸話の盡くが回収されていくという構成も秀逸。このあたりの小技を効かせた趣向も大いに愉しめました。
モジモジヒロインと青年醫師がイチャイチャしているところも小島ゆえに瞬く間に噂として広まってしまうような場所柄だというのに、というかそんな地場ゆえに、誘拐事件の真相は今に至るまで誰にも解き明かすことが出來なかったという対比。これもいい。
更には傳説のエピソードが、過去のトラウマと青年醫師の戀心の間で搖れ動くヒロインの心理を暗示しているところといい、短く纏めた作品ながら周到に組まれた構成の妙に唸らされてしまうこと受けあいです。
ミステリとしても上に述べたように一級品の冴えを見せながら、島の住民のイヤっぽい性格造詣や、更にはヒロインが青年醫師にデレデレになっていくところの見せ場もシッカリ用意されておりまして、特に小島に二人でやってきたヒロインと青年のふたりが結ばれるシーンは妙にエロっぽくて個人的には大いに愉しめました。
ヒロインがモジモジしながら青年とキスを繰り返し、いざ事を終えるとそのあとはすっすりうち解けて青年醫師とエッチなお醫者さんごっこを始めるという按排で、輕く引用してみますとこんなかんじ。因みに文中、里見というのが青年醫師で、ゆり子というのがモジモジヒロインの名前です。
午後四時を回ったころから、空に暗い雲がわいて二人はくしゃみをした。つまりそんな時間まで、裸で浜にいたのだった。お互いの体を飽きずにいたずらし合ったり、シャツやブラウスだけを羽織り、足元の砂をいじりながら幼いころの話をしたり、わざとらしい医者の口調で里見に訊かれてオナニーのことを正直に告白したり、ゆり子がかれにまたがって三回目をした――気がつくと四時を回っていたのだ。
妙にアッケラカンとした明るいエロスが作者の持ち味なのか、それともこのシーンはモジモジヒロインが青年醫師にのめり込んでいくところを讀者に印象づける為のフックに過ぎなかったのか今ひとつ判然としないんですけど、フックにしては青年醫師が問診の調子でヒロインに自慰のことをカミングアウトさせるとか、異樣にディテールを効かせた文章はなまなかで気持では出來る筈もなく、作者のほかの作品でもこういうエロっぽい場面が頻繁に登場するものなのか、他の作品にもあたってみる必要があるかもと思った次第です。
もっともこんなところをグフグフ愉しんでしまうのは、自分みたいなキワモノマニアだけだとは思うんですけど、まあ、こういうところも見所ですよ、マニアの皆さん、ということで。次回配本の「二島縁起」も大いに期待したいと思います。