鬱病促進劑。
以前讀んだ「幻日」が大變に素晴らしかったので、いつかは讀んでみようと思っていた福澤氏の作品です。中編の構成ながら、イヤ感溢れる描写と展開は流石で、「幻日」の技巧を凝らした正統恐怖小説の雰圍氣は薄味なものの、淡々と話を進めつつ、日常の光景がじわじわと狂氣怪異に蝕まれていく展開はやはり見事、たっぷりと堪能させてもらいましたよ。
物語を簡單に纏めると、ずっとフリーターをやっていた気弱な男がサラ金業界に足を突っ込み、ヤクザ顏負けの取り立ての仕事を行うことになるのだが、しかし、……という話。
一応普通に彼女もいたりして、優しいところもあったりする普通の気弱君が、鬼っぽい取り立て業務をイヤイヤながらもこなしていくうちに、性格が変わっていくという定番の展開に、日常のイヤーなかんじに捩れていくあたりの描写が素晴らしい。
彼が借金の取り立てに向かう先に待ち受けるのは、どいつもこいつも人間世界の底邊に棲んでいるような輩ばかりでして、シンナーですっかり頭をやられてエヘラエヘラ笑っているような男だの、金が払えないばかりに悪徳土建屋に賣り飛ばされてしまう男など、このあたりのダメ人間の活写した、キツ過ぎるリアル感は相當に強烈。
そんななか、主人公が向かった家というのが、マイ家相でいうまさに「厭な顔の家」でありまして、借金の名義人たる旦那は不在、そこで玄関に顔を見せた男の妻がこれまた妙な色気をふりまきながら主人公を誘惑してくる。
一方、部屋の奥からヌボーッと白い顔を覗かせてこちらのようすを窺っている白癡っぽい娘もかなり不氣味なんですけど、ある日、再び主人公が取り立てに出向くと、この娘が首を括って死んでいるのを發見してしまいます。
死体を見てしまって完全に魂を抜かれてしまった主人公は、もうこんな仕事やってられないッ、と上司に呼び出されたバーで会社を辞めてやると宣言、しかしその翌日、件の鬼上司はビルから飛び降りて死んでしまったというから穩やかじゃない。
あれだけの鬼畜哲学を持っていた鬼上司が自殺するなど絶對にありえないと確信する主人公でしたが、何しろ最後に上司と一緒にいたのが自分だったというのが災いして警察には重要参考人として連行されてしまう。
やがて、前半にチョロっと登場したシンナー男や、悪徳土建屋に賣られた男、さらには誘惑妻などなど、彼の周囲に蠢く自己破産寸前人間たちが一本の線へと結びついていき、そして……という話。
白癡女の奇妙な自殺をきっかけに、主人公の周囲が次第に歪んでいくさまが暗黒テイスト拔群で、恐怖小説らしい怪異こそ登場しないものの、無言電話やなかなか姿を現さない小男の影、さらには艶っぽいようすで誘惑を仕掛けてくる多淫妻など、心の闇が知れない人物が強烈な個性を放っているところがいい。
前半に淡々と描かれる多重債務人間たちの造型が、後半に至ってひとつの線へと繋がっていくところの構成はよく錬られていて、この錯綜しただダウナーな人間關係が、主人公の住んでいるこちら側に及んでくる後半からの展開が見所です。
とはいっても、ホラー小説のように、モンスターっぽい狂人が暴れまくる譯では決してなく、このあたりの、妙に落ち着きながらもじわりじわりと眞綿で首を絞めるがごとく讀み手のイヤ感をあおり立てる筆捌きが素晴らしい。洋モノや昨今のホラーものとは完全に一線を画する風格が自分好みですねえ。
タイトルにもあるように「家」が怪異の現出を促すものかと思っていると、後半、物語は主人公の住んでいる世界が壞れていくサイコミステリであることが明らかにされていくのですが、主人公の内面へ過剩に立ち入らずに、すべてが何処か突き放したような筆致で描かれていくところが獨特。
普通だったらこのあたり、わざとらしいくらいに登場人物の内面をネチネチと描いていくのがホラー小説の筋だと思うんですけど、このあたりをさらりと流しつつ、世界のねじれを出し惜しみするようにジトジトと描いていくところが作者の個性でしょうか。
何だか登場人物は金を借りている側も取り立てを行っている側も人間のクズばかりで、相當に辛いです。これが平山センセやクラニーのように戲畫化されていればいいんですけど、このあたりの造型はリアル一徹でまったく容赦がありません。
幕引きは正直予想通りの結末なんですけど、この作品はこの期待される終盤に到るまでのイヤ感溢れる鬱病ワールドをジットリと愉しむべきでしょう。短篇に見られたどんでん返しのような大技こそ見られないものの、怪異を鏤めて日常の歪みを淡々と描いていく正統派の風格は勿論健在で、そこへサイコな雰圍氣をタップリと添えた物語世界はある種病的。一般人にはかなり辛いカモ、と思ってしまうのでありました。